//DRA!にて2006/4/30より連載中
プロローグ
ひときわ強く輝く恒星を中心に、青と白に照らされる惑星が公転している。
この漆黒の世界を背景にかの星を眺めると実に美しい――
――ようやく、ここまで来れた。
ここまで来るのに、自分を含めて三世代かかった。
私だけではない。親父や爺さんの遺志をこの船に乗せて、俺は今ここに居る。
そう思うとなおさらに綺麗に見えてくる。
私が、これから征服する星は。
『サンドキャッスル』作/NAG
大気圏突入開始。
この星の大気については事前に遠隔観測済みだ。
残念ながらスーツ無しでは生命活動を持続できないらしい。
だがさした問題では無い。
地表に到着後拠点となるコロニーを作成し、
軍備が整い次第大気成分を強制的に書き換えて侵略の礎とすれば良い。
他の星へと旅立ったという遠い親戚も、一ヶ月前に受信した信号によればその手を使い原住民の50パーセントを服従させたそうだ。
(さぁ、いよいよだ!)
地表を覆う青い色が徐々にくすみを帯び、私の眼前に迫ってきた。
着陸成功率、97.9パーセント。
本部に連絡すべき記録的数値だ。
『さぁ受けてやろう、私の星の歓迎を――ッ!!』
第一部
第一話『飛来』
1999年7月某県某市。夕刻。
「父さん!あれ見て!!」
「んー?」
買い物帰りの父子は夕日の空に流れる一筋の光を見上げた。
「飛行機か…」
「飛行機かな?」
「飛行機だろ?他に何に見え――」
父が言いかけたとき、見上げた先に漂っていた”それ”は、急停止した。
空中のある場所で、急停止したのだ。
「やっぱり!UFOだよ!!」
「本当に居るんだなぁ、宇宙人…」
父親は、立ち止まって子供と共に空を見上げたまま呟いた。
「凄い!初めて見た!!父さんびっくりしないの?」
「確かに珍しいけどさぁ。宇宙人なんて、居るに決まってるしなぁ…」
「ぇえ、なんでなんで?」
「海斗、宇宙人って何だと思う?どんな生き物を宇宙人って言う?」
海斗と呼ばれた子供は、元気よく答える。
「宇宙にある星に住んでる人!!」
「それって、俺たちじゃん?」
「――あっ!!」
海斗の父は航空力学を無視しているとしか思えないスピードで飛行するUFOを、携帯電話で撮影し始めた。
『着陸成功じゃあああ!!』
―――ゴツン。
侵略に来た直後にテンションを上げすぎて天井に頭をぶつける宇宙人。
名前はサルーベスタ=サンマリノ=アレングァ=サレンドサランドという。
長いようだが、正確にはこれを0.5秒で発音するのが正しい名前だ。
アレンヴァは(←)、宇宙船の機器に異常が無い事を確認すると、ハッチの開放プロセスを開始させた。
『外部カメラがイカれたか。落ち着いたらスペアパーツを生成して修理しておかないとな。』
不安定な形に切り分けられたパズルのようなキーボードを叩いて、アレンヴァは三つ目のパスワードを入力する。
このキーボードのキーの形には一つ一つ意味があるのだが、その多くは地球人に理解できる概念では無い。
つまるところ、彼の星の科学力は大変に発達しているのである。
それはもう、たった一人でどれ程の発達をしているとも知れない星を侵略しに来る程に。
最も、自信過剰なのは彼らの性格の特徴でもあるのだが。
『マニュアル、出すか。』
アレンヴァはそう言うと、船内の自分の寝室へと歩いていった。
アレンヴァは、しわだらけでページの折り目に沿って一部のページが千切れそうになった本を覗き込んだ。
祖父、父、自分と三代にわたって読み継いできた伝統のマニュアルだ。
所々真新しいページが混ざっているが、これはマニュアルがアップデートされた跡である。
特に、重要なマニュアルの変更などが加わった場合は、専用の印刷機に通す事で本部から送られてくる情報を元に改訂する事が出来るのだ。
そうして注いで読み、注いで読みしてきたマニュアルは、いつしかアレンヴァの宝物となっていた。
マニュアルの内容は既に殆ど頭に入っている。
が、わざわざ持ち出したのはここまで付き合ってくれた本に対する礼のつもりだった。
マニュアルに書かれている手順に沿って、アレンヴァはキーを叩いた。
三世代に渡り封印されてきた宇宙船のハッチが、いよいよ最後のプロセスを踏んで開かれる。
鈍い音が船内に充満し、恒星による”生の光”が、生まれて初めてアレンヴァの元に降り注いだ。
最初に目に入ったのは、一面の青だった。
『何…だ?』
(宇宙から見えた青い液体の部分は避けて着陸したはずだ。にもかかわらず、この一面の青は――)
考えても見れば、その推論はそもそもの前提からしておかしかった。
ここが彼の言う”青い液体の部分”であるはずが無いのは、辺りを大気が支配している事からも明らかだった。
アレンヴァは、恐る恐るハッチの端に手をかける。
多少熱くなっているが、全身を覆うスーツを着ているので絶えられないほどではなかった。
と、その時。彼はその体に、えもいえぬ違和感を感じた。
振動。そう、感じたのは振動だった。
『な、何だ?』
アレンヴァは身を乗り出して辺りを―宇宙船の外を―見回した。
背の高い草が一帯を覆いつくしていた。
草の高さはアレンヴァの身長の10倍は優に超している。
振動の正体が近くにある感覚はあるのだが、それらのやたらと背の高い草の所為でその正体をその目で確認する事は出来なかった。
―――と。
『ニャァアアアア!!!』
一瞬、何の音か彼にも解らなかった。
だが、そのきわめて微妙な連続した音の揺らぎ。何らかの意思を持ったその音が、生物の声である事に気づくのには幸いにして時間はかからなかった。
(後ろだ!)
振り返るよりも早く、アレンヴァは宇宙船から転がり出て走りだしていた。
彼の背丈の10倍。辺りに生い茂る草の先から体の一部を見え隠れさせる程の巨体に追いつかれるのに、2秒とかからなかった。
アレンヴァは飛びつかれて体を両の前足で押さえつけられる。
生物の毛皮が幸いして、圧力が若干ではあるが弱まっている。即死は免れた。
アレンヴァは右腕に力を込めて生物の前足から引き抜くと、その手に構えた銃のような武器の標準を生物の額に合わせた。
『貴様がこの星の原住民かッ!四足歩行の下等生物め…我々の科学力の前にひれ伏すがいいッ!!』
アレンヴァは、構えた武器の側面に付いているトリガーを親指で弾いた。
―――ズガァアアッ!!!
アレンヴァの耳に爆音が入ってくる。
VR訓練で再現された射撃音が、いかに陳腐なものなのかがよく解る。
アレンヴァはその武器を実戦はおろか宇宙船で撃った事も無かった。
生まれてはじめての実戦だった。
撃った当人が恐怖感を覚える程の爆音と共に発射された光学粒子弾は、四足歩行の巨大生物に命中した。
敵は地響きを立てながらばたりと倒れた。
『やったか!?』
と、その時巨大生物が寝返りを打つ。
『く、しぶとい、これを食らって生きているか!』
と、敵の喉の辺りから何やら音が聞こえてきた。
『―――ゴロゴロゴロ(はあと)』
巨大生物は、もう一度寝返りを打った。
<ここまでのあらすじ>
侵略を目的に地球へと飛来した宇宙人アレンヴァ。
無事地表へと着陸したアレンヴァだったが、そこで待っていたのは自分よりも遥か巨大な生物達だった。
猫との壮絶(?)なバトルを繰り広げるアレンヴァだったが…?
第二話『策謀』
―――その夜。
かがり火が消える事は無い。
酸化しない物質が、半永久的に燃焼を続けるように作られているのだ。
『つまり、お前は厳密にはこの星を支配する存在ではない。と?』
アレンヴァの傍らには、一匹の猫が腰を下ろしていた。
きな粉色の縞模様。薄い緑の目をした中肉中背の猫だ。
神経質な性格なのか、毛並みは異様なまでに綺麗に整っている。
「ニャ。」
猫の言語とは非常に難解な物で、アレンヴァの所有する翻訳器を通して解析完了するまでに半日かかった。
しかも、その半日かけてアレンヴァの星の言葉向けに解析した”猫語”も、完全な物ではなかった。
というより、文法が曖昧で基本的にその場の雰囲気で声を発し、結果的にそれが意思表示になっているという面が多々見受けられるのだ。
そんなだから星の支配を成しえなかったのだろう、とアレンヴァは思う。
『だがしかし、そうなるとこの星を支配する存在とは何だ?まさかまだ支配者が居ない状態の惑星なのか?』
傍らの猫は答える。
『星そのものの支配なんて俺達には興味の無いコトだ。日ごと人間に美味い飯を貰い、気ままに歩いて好きな時に寝る。これぞ我が至上の猫生也。』
『だが、それでは永遠に他の生物に付き従う事になるぞ…』
『付き従う?冗談じゃねぇ。俺は居たい場所に居るのさ。ここが嫌いになれば違う土地に移ればいいだけのこと。』
『無駄な労力をかけず、自分が個人として満足のいく生き方をするか…我々には無い考え方だ。…ところで…』
アレンヴァは思案顔で今まで腰掛けていた小枝から立ち上がった。
猫は今まで真ん丸くなった瞳でかがり火を見つめていたが、アレンヴァの言葉が止まったので目線を落として彼を見下ろした。
全身を白い防護服のような特殊スーツで覆い、顔の部分はメタリックブラックのガラスのような素材で覆われているため夜のうちは表情を読み取る事も出来ない。
しかし、口調からして何やら考えたくない事を考えている風ではあった。
『何だ?言ってみろ。』
促されて、アレンヴァは言う。
『先程の話に出たニンゲンとは何だ?お前ほどの戦闘力を持った生物に、飯を”献上”ではなく”分け与える”生き物…なのか?』
『まぁそんなもんだな。この辺りの人間は大抵いい奴だよ。暇な時は遊んでくれるし。』
『…遊ぶ、とは?』
『…はぁ、なんだか面倒くさいな。お前さんの星にあってここに無いものと、その逆の物が解らないからどこからを前提として話したら良いかまるで解らん。』
猫は続ける。
『利害やメリットで話をするなら要するに”暇つぶし”だよ。ただ、なんつーかな…こう、エノコロ草とかいう草を見ると、無性に…捕まえてかじりつきたくなるっていうか…』
『ふむ、暇つぶしか…』
『飛び掛らずには居られなくなるっていうか…この、なんて言ったら良いんだろうな?なぁ?』
『忙しい俺には無縁の行動だな…』
『無性に…ほら解るだろ?アレだよアレ。』
夜は更けていく。
『お休み。』
『宿題終わったか?』
『うん。』
『そうか、お休み〜』
父が自室の戸を閉める瞬間、ほんの一瞬だが海斗はとても寂しいような、怖いような気持ちになる。
もしこの瞬間部屋に泥棒が入ってきたら、もしこの瞬間宇宙人が来て連れさらわれたら。そんなありえない事を何故か考えてしまうのだ。
そして布団の中に潜って縮こまっていると、すぐに暑くなって恐る恐る掛け布団から顔を出す。
そしてようやく眠気がやってきて、寝ることが出来るのだ。
しかし、この日に限っては少し違っていた。
昼間のUFO。
買い物の帰りに見たアレが、頭から離れない。
割りと低空飛行だったし、何よりやたらと鮮明に脳に焼き付いてしまったらしいのだ。
『来ない…よなぁ?』
明日学校で誰かに話そうか、という発想は彼には無い。
彼には相手が居ない。
チュン、チュン。
鳥のさえずりが、船内にも聞こえてきた。
『敵襲かぁあああ!!?』
『この星の生き物だ。食い物が無い限り襲っては来ない。むしろ逆に食った事があるがなかなか美味いぞ。』
布団を脱ぎ捨てて(効果があるかどうか非常に怪しい)銃を構えるアレンヴァを、きなこ―昨日の猫―が船の外からやかましそうに静止した。
『あ、ああ…くそ、データが足らなさ過ぎるな。』
『大体、鳥なら昨日も居ただろうが。夕方だったから、あんなのより全然でかくて黒い奴が。』
『ああ、それなら昨日の晩お前との会話に出たので手持ち端末のデータベースに登録してある…たしか、名称をカラスと言ったか。』
『あいつらはこの辺りには朝と夕に現れる。特に早朝は飯のある場所に集団で現れるから命が惜しければそういう場所には近づかない事だ。』
『ふむ、警告感謝する。』
さて、ときなこは立ち上がる。
『じゃあ俺は今日も猫ライフを満喫するとするかね。』
『おお、そうか。私も今日から早速本格的な調査に乗り出すことにする。』
『また近いうちに会おうや、戦友。』
『うむ。』
きなこが去っていくのを甲板から見送ると、アレンヴァはいよいよ腰を上げて船内に戻った。
一晩、無意味にきなこと談笑していたわけではない。事前に起動準備(ウォームアップ)させておいたナノマシンに、この一帯の地形の解析をさせておいたのだ。
コンソールから確認すると、予定通り地形の調査が完了していた。
―――アレンヴァ(の先祖)の故郷は、地球以上に技術が発展したとある惑星である。
街中では立体映像のホログラムが宇宙各地の制圧状況を報じ、連日ひたすらに技術を磨き続けているのだ。
その働きっぷりはさながら現代の…否、一昔前の日本を思わせる。
ただ、その働く目的が見知らぬ星の侵略と果て無き宇宙の征服であるから物騒だ。ナノマシンもその技術革新の産物である―――
マップを頼りに、彼は歩き出した。
アレンヴァは、息を呑んだ。
いよいよ草が生い茂る一帯を抜けたのだ。
眼前に広がるは、遥か遠くまで広がる砂漠。
快晴の太陽の日を白く照り返している。
そのすぐ奥には山が見える。
木々の一切生えていない、赤土のみで出来た山だ。標高は300cm程だろうか。
「これほど広大な砂漠。この一帯には生物が居ない様だな。」
アレンヴァは踵を返すと、手元のナビに目をやった。
少し遠いが、明らかに地質の違うエリアが見て取れた。
「きなこー。」
昼下がりの午後。絶好の昼寝日和だった。
庭付きの一軒家。さすがにプールは無いがそこそこしっかりとした中流住宅だ。
二階のベランダがひさしとなってできた日陰になるように出来ている。きなこの気に入りの場所だ。
家の中から差し出される残飯の入ったイチゴの空パックが、地面に置かれるよりも前に思わずきなこの前足が出た。
「いいから落ち着け。」
「にゃー。(飯〜飯〜)」
魚といくらかのご飯が入れられた容器が地面に置かれると、きなこは周りの声が聞こえなくなる。
気でもふれたように食べ始めるのはいつもの事だ。
そして、やはりいつものように食べ物をくれる男は話しかけるのだ。
「しかし今日は随分天気がいいな。」
「みゃー。(美味い〜)」
「いつにもまして凄い食いっぷりだな。何か腹が減る事でもあったのか?」
「にゃぁ。(いつもわるいな)」
「今日もゆっくりしていきな。」
「なーお。(そういやアレンヴァの奴は食い物とかあるんだろうか…)」
やさしく背中を暖める日差しが、きなこの眠気を誘う。
イチゴの空パックに入れられた魚の残り物を全部食べると、きなこはやはりいつも通りにひさしの陰に移動し、とぐろを巻き――。
「ふぁ。」
――あくび一つ、眠りに付くのだった。
「さて、俺も飯にするかな。そろそろ給食の時間だろ、海斗も。」
男はしばらくきなこの居る庭先を眺めてから、家の奥へと去っていった。
―――ズォン!!
振動。そしてそれに見合う爆音が、防護スーツ越しにアレンヴァの耳に届いた。
『な、なんだ!?何が起こったッ!!』
”地質の違うエリア”に到達し、間もないタイミングでの出来事だった。
『まさか、地殻変動か!?』
彼の本部がある星では、地震によって出来た亀裂により、街が丸ごとひとつ消滅したという記録さえある。
彼にとってこの手の自然現象は巨大すぎる脅威だった。
最も、今アレンヴァが聞いた振動と爆音は別の理由による物。
音の種類からして違っていたし、揺れはさほど大きくはなかった。
『くそ、何だというんだ!?』
と、その時。手元の端末がひときわ甲高い電子音を発した。
アレンヴァは端末のディスプレイを覗き込む。
『生命…反応ッ!』
それも複数。種別は特定できないが、群れで行動しているのは確かだった。
『ハッ望むところだッ!敵として向かってくるならば我が科学力によって退けるまで!!』
アレンヴァは、きなこ戦で使用した銃を取り出すと、一旦草陰に隠れる。
手元の端末を見ながら敵の進行速度を確かめ、タイミングを計る。
相手の進行速度に変化が見られない事から察するに、まだ気づかれてはいない。
ならば、こちらから奇襲をかけ一気に勝敗を決してしまえば良いのだ。
目標が迫る。
『3……2……1、今だ!』
アレンヴァは意を決して路上に転がり出て、銃を構えた。
と。時間が、止まった。
もちろん比喩的な意味でだ。アレンヴァが構えた銃の先に、彼は予想だにしないものを見た。
そのあまりの衝撃に、彼の時間は停止したのだ。
白い巨体。
が、そこにあった。
アレンヴァの側から見える前面には、上部は透明なガラス板、下部は主に塗装されてある物と見られる白い鉄板で覆われていた。
『だめだ!逃げても間に合わない!!粉砕してやる!!』
アレンヴァはとっさに武器のダイヤルを回して出力を最大にすると、引き金を引いた。
―――こつんっ。
「あれ、先輩今何か音しませんでした?」
「空き缶でも弾いたんだろ?空き缶はいいからお前、アレだ。農協って次の曲がり角右でいいんだよな?」
「あ、はい。ええと…ええそうです、右ですね。」
『うわああぁ――――』
アレンヴァの身体が、天高く(せいぜい2、3メートル)中空を舞った。
『―――ぁああああッ!』
―――どさり。
重い衝撃を伴い、アレンヴァは地面に叩きつけられた。
昨日と変わらず夕暮れが全てをオレンジに染め上げる。
昨日と変わらず黄昏に鳥が行き交い、昨日と変わらずにきなこが丁度彼の元に訪れた時。
一つ。変わった物があった。
”南部砂漠地帯”と名づけた一帯の、赤土で出来た山の頂に、男は小枝で作った松葉杖をついて立っていた。
不気味にうつむき、口を動かす。
『…そう易々とはいかぬのだな。』
ぼそりと呟いた男は、尚も続ける。
『そうでなくては面白くない。そうだとも。これでこそ侵略のし甲斐があるというものだ。』
一変。杖を捨て、両手を広げてアレンヴァは高らかに叫んだ。
『ならば、この南部砂漠地帯に我が要塞を建設し、腰をすえてじっくりとこの星を制圧してやろう!!』
男の声が響き渡る!!砂場の中くらいには。
『今この時よりプロジェクトサンドキャッスルを発動する!!巨獣よ、我々の科学力の前に、ひれ伏すがいいッ!!ッハーッハハハハハハ!!』
黄昏の景色の中、遠くの方でカラスが鳴いた。
<ここまでのあらすじ>
きなこ<猫>と一戦交えて戦友(?)になったアレンヴァは、いよいよ地球侵略のために地表の探索を始める。
何とかなるだろうと内心タカをくくっていたアレンヴァだったが、人間の乗る車と遭遇し―――
第三話『遭遇』
閑静な住宅街というにはここは少々寂れ過ぎている場所だ。
人気(ひとけ)が無く、小高い丘には老木が生えていて遠くに街が見渡せる。
近場に街があるし、住む事を考えると住人が少ないのは逆に贅沢でもある。
「ただいま。」
そんな場所にある、庭付き一戸建てに小学生くらいの子供が帰ってきた。
「おかえりー。どうした海斗、元気ないぞ?」
海斗の家はわけあって父子の二人暮らしだ。
父母の仲が悪い訳ではない。
海斗の父は子供の頃からの明るいキャラクターもあって海斗との仲も良く、家計の方も安定している。
職業はモノカキ。文章の方だ。
家で仕事が出来るため彼らの生活には都合が良いし、創作系ということからも解るとおり、仕事は彼の希望する職種でもある。
「うん、まぁちょっと。」
海斗は小学校の4年生。
成績は中の下で運動も人並み程度。
得意科目は国語と図工。
苦手科目は数学と音楽。
まさに”普通の子供”である。そこだけを見れば。
「また同級生に何かされたのか?」
「……」
「名前言ってくれれば俺が学校に直接電話なりするぞ?」
「いい。」
と、海斗はいつもそう言うのだ。
親に頼るのが悔しいから。
「まぁ、気が向けばいつでも言えよ?文章書く仕事してんだから言葉の勝負では負けないんだから。」
「ていうか、一度で良いからその力を利用して口で勝ってみたいんじゃ…?」
「…さぁて、晩飯作るかな。今日はコロッケだ!」
(図星なのッ!?)
海斗の父はいそいそと台所で夕飯の支度を始めるのだった。
『困った。』
『何(にゃーに)が?』
雲ひとつ無い良い天気だ。
星も良く見える。
アレンヴァはかがり火の前で仰向けに寝転がって皮肉なほどに広がる満天の星空を眺めながら言った。
『砂漠に要塞を建設しようにも、素材も素材を加工する工場も無い。』
きなこは不思議なことを尋ねる。
『プロジェクトサンドキャッスル…とは、砂の上に砦を作るという意味か。』
『…どういう意味だ?』
『いや…砂”で作る”んじゃなくて、砂”の上に”作るって言う意味だったのか、と…』
勢い良く起き上がると、アレンヴァはきなこを指差した。
『お前、頭いい。』
『それならば素材の調達が必要なくなるし、大して加工せずに様々な物に流用できる。』
(何故自力で気づかない…)
『…しかしなぁ…』
『む?』
『要塞を作るうえでの戦略技術はあっても、そもそも砂で建築物を構築するノウハウを知らない…』
『…?』
頭の上に”?”を浮かべているきなこを見て、アレンヴァは頭の中で言葉を整理した。
『例えばだ。作った砦に敵が攻めてきたと仮定して、何処から攻めてきてどのエリアに追い込んだら戦闘を有利に進められるか、とか。』
『成る程。つまりお前はこの星を侵略するために戦う術は持っていても、砂の城なぞ作る方法は知らぬぞ、と。』
『まぁ、そういう事だな。』
『人間…特に子供なら色々知っていそうだな。』
『馬鹿を言え、俺はその人間を倒すためにここに居るのだ。何処の世界に侵略者に侵略のノウハウを教える侵略される生き物が居る?』
アレンヴァは鼻で笑ってきなこを見た。
きなこはいい加減面倒くさくなったので話題をそらす。
『……お前、本当にこの星の征服にしか興味ないんだな。』
『無論だ。親父も、爺さんも、その為だけに故郷を捨てここに向かった。俺もだし、彼らの遺志を無駄には出来ない。』
『…遺志、な…』
『何だよ?!』
何やら引っかかる響きのきなこの言葉に、アレンヴァは少しむっとした顔になって問いただす。
『そうつんけんしにゃさんな。別に今更お前に敵対するつもりは無い。』
『…解らん奴だ。』
すっ、ときなこが立ち上がる。
『どうした。』
まだ夜は浅い。
『今日は行く。明日会おう。』
『そうか。』
きなこはすっと夜の空気を吸いこむと、てくてく歩いて行きやがて草の陰に隠れ見えなくなった。
―――不意に、生まれてから今まで感じた事が無い妙な感覚がアレンヴァを襲った。
「にゃー(おーい)」
「あ、きなこ来たんじゃないの?」
カーテンの閉められた家の奥から海斗の声がする。
突然だが、きなこは海斗とも知り合いだ。たまに遊んでもらったりもする。
家の住人達は窓が開けると、作りすぎて余っていたコロッケをイチゴの空パックに入れて差し出してきた。
「そういやお前、昨日の晩は来なかったな?」
海斗の父はコロッケをほおばるきなこを眺めながら言う。
食う事に関しての優先度はかなり高いはずのきなこが、夕飯を食べに来ないというのは確かに相当に珍しい事ではあった。
猫とは気まぐれな物だからたまにはそういうこともあるだろう。で、済む事ではあるが、それにしてもきなこに関しては珍しかった。
「どっかで別の食いぶちでも見つけたのか、それともよっぽど楽しい事でもあったのか?」
「なーお。」
「あ、そういや今日って金曜日だよな?」
海斗の父は振り返ってカレンダーを見ながら海斗に問う。
無駄のある行動の様に見えるが、家族の日常とは案外そういうものだ。
「うん。明日から2連休。」
「早いなぁ、一週間。」
「明日遊びに行って来る。」
「どこに?」
「適当に…」
「そうか、気をつけろよ?」
「うん。」
今時物騒なようだが、そういう心配がされないような土地柄なのだ。
遠くに街が見えると言っても地方都市のちょっとした市街地に過ぎない。
要は、そのくらい田舎であるという事だ。
きなこはいつもの様に残飯を食べ終えると、ひと鳴きしてばたりと横になった。
もちろん、眠くなっただけだ。
『俺が、受け継いできた”遺志”。俺にとってはこの上なく大切なものだ。だが………この星では、死者はああも軽く見られるものなのか?』
アレンヴァは(彼の身体からすれば)大きな釜の中で轟々と燃え盛る炎を見つめていた。
彼の身長の3倍はある、全長十センチ前後の巨大な釜である。
ドーム型の釜の頂には円筒の煙突が付いており、今まさに煙を吐こうとしていた。
彼は鋳造で一通りの道具を用意するつもりだった。
鋳造。つまり予め用意した型の中に溶かした鉄を流し込み、空冷する事で目的の物を作り出すのである。
この方法ならば型さえ作れば必要な物を量産できる。
――アレンヴァはぼうっとした顔で、先程のきなことの会話を思い返していた。
今まで宇宙船の中で出会ったネット友達としか交流のなかったアレンヴァが初めて目の前で話をした相手は、侵略しようとする星の生命体だった。
今更、と思いながらもアレンヴァは思い返す。
一戦交えてとうに気づいていた。
自分は今まで寂しかったのだと。
ただ一人で只管にこの星に向かい、生き続ける事が彼にとってあまりにも孤独な事だったのだと。
だからこそ、全て成功させたい。
受け継いだ遺志の為だけではない。
母星の為。自分の人生を功績に昇華させる為に。
アレンヴァは、宇宙船の中からハッチを窓がわりに夜空を見上げた。
今まで走ってきた長い長い道が見えた。
3日目、朝。
広大な砂漠の中、スコップ片手に仁王立ちする男が一人。
どこかの2Dアドベンチャーゲームの立ち絵の様なポーズで、アレンヴァは辺りを眺める。
『さて、何処から手をつけた物か。』
言いながら、昨日作っておいたスコップを砂に突き立てる。
『………。』
――突き立たない。
砂の粒の大きさに対し、彼の作ったスコップはあまりにも小さすぎたのだ。
いや、それを扱う彼自信もそもそもが小さすぎるのだ。
とてもではないが彼の力では事足りない。
『小癪(コシャク)な…』
アレンヴァはスコップのヘラを下にしたまま天高く掲げた。
大きく息を吸い込むと、勢い良く両の手で持ったそれを振り下ろす。
―――トス。
見事スコップが地面に突き立った。
ここまでやってようやく気づく。
『いちいちこんな体力使ってられるかぁッ!!』
付きたてたスコップをとび蹴りではっ倒して毒づくアレンヴァ。
へたり込んでため息一つ。
『まぁ、良い。作業とは続けるうちに効率化されていくもの。やるだけやってみよう。』
何のことは無い。これまで孤独に頑張ってきたアレンヴァだ。
これしきの事でめげるような宇宙人ではない。
早朝6時の開始から5時間は作業を続けた。
見事、深さ数センチの穴を掘る事に成功した。
ここまで、ここまでやってようやく気づく。
『あれ、俺なんで穴掘ってるんだっけ?』
ちなみに、要塞の設計図など存在しない。そもそも設計などしていない。
これはアレンヴァの個人的な性格が形から入るタイプだからだ。間違っても彼の星の習慣ではない。
アレンヴァは防護スーツ越しに汗だくになって今度こそ穴の中に倒れこむ。
と、うつ伏せの状態で視界に入った砂の山で気づく。
『そうだ!この掘り返した砂を利用して建物の形を形成すればいいのだ。』
穴から這いずり出て砂の山に手を伸ばす。
うつ伏せのまま砂の山に両手を延ばすと、直方体を作ろうと手で砂の山をならす。
地球の物理か理科の教科書に書いてあった気がするが、砂というのは基本的に山を作ると側面が45度だかの傾斜になってしまう。
手で直方体を作ろうとしてもすぐに崩れてしまう。
頂を平らにすれば台形程度は作れるが、強度が皆無に近い事に変わりはなくアレンヴァの想像する、そう、いわゆる戦略要塞のような複雑な形からは程遠い。
『ぁああ゛この!!』
上半身を起こして砂の山をなぎ払うアレンヴァ。
せいぜい10センチ程度の砂の山の残骸に埋もれてアレンヴァは根拠の無い事を考えてみる。
『何かが…俺の把握し得ない何かがこの星の侵略を妨害している…ッ!?』
念のために言っておくが、単に彼が無計画なだけである。
―――ズン。
不意だったわけではない。
作業に夢中になり、端末の警告音に気づかなかったアレンヴァが迂闊だっただけである。
砂の中に埋もれている彼の背後にそれは居た。
『きなこかー?見ての通りのザマだ。笑えよ、笑うがいいさ…ははは…』
「しゃ…喋った!?」
彼が、いやお互いに聞いた事が無い声…否、言語だった。
アレンヴァは驚愕の表情で振り返った。
「動いたぁああ!?」
そこに、彼と同じような顔で驚く巨人が居た。
<ここまでのあらすじ>
いよいよ南部砂漠地帯の開拓を開始するアレンヴァ。
いかんせん身体の小ささの所為で苦戦する彼の前に現れたのは、人間の子供だった…
第四話『3人で』
『…化け…物…!』
昨日遭遇した戦闘機(軽トラ)ではない。紛れも無い生身の生命体だ。
きなこタイプの生物の数倍はある怪物がそこに居た。
(行動パターン及び言語の解析、少しでも生存確率の高い行動を計…)
辺りの砂ごとつかみ上げられたアレンヴァは、成すすべなく硬直する。
「新しいフィギア…じゃないよね?」
『ま、待て!言語解析が終わるまで待ってくれ!!解析が終わり次第お前の問いには解答する!!』
イントネーションで何かを尋ねた事を感じ取ったアレンヴァは瞬時に言葉を返す。
無論相手が自分の言葉を理解できるという確証は何処にも無い。
アレンヴァをすくい上げたのはまだ小学生くらいの少年だった。
クリーム色のハーフパンツに水色のTシャツを着た、いたって平均的な印象の少年。
彼は白い宇宙服のような防護スーツを身にまとったアレンヴァを興味津々に覗き込んでいる。
『言語解析完了。翻訳ソフト、ビルド完了。』
手元の端末が報せると、アレンヴァは手首の端末を口元に近づけて必死の形相で言った。
そんな事をする必要は無い。高性能マイクは、例え彼から数メートル離れていても彼の声を拾うように設定してある。
「ま、待て!!頼む待ってくれ!!」
としか言えなかった。
侵略を中止する気など無いし、”助けてくれ”と言うのはこれから侵略する相手に向かってあまりにアンフェアな言葉だ。
それを言った瞬間に、先祖達が積み上げてきた物が無駄になる気がした。
この期に及んで彼なりのプライドを貫き通すのはただの馬鹿というべきか、或いは
「なにしてんの?」
「なっ、く…」
プライドどうこうと言う事を考えると、彼は少年の問いに正直に言うしかなくなる。
アレンヴァは、聞かれた事に答えた。
「要塞を作っている。この星の、戦略拠点の要塞だ。」
「せんりゃくきょてん?この星…って、まさか君宇宙人!?」
少年には心当たりがあったのだ。
つい一昨日夕暮れの空を舞うUFOを目撃したのだ。
父との、夕飯の買出しの帰りに。
「く…」
「あ、基地作ろうとしてたの!?」
「ああ、ああそうだと言っている!く、もう好きにしろ!!」
何故か(逆でもないが)逆切れしながらアレンヴァは覚悟を決めた目で海斗を睨みつけた。
防護服の黒いサングラス越しだった為か良く表情を読み取れなかったらしい海斗は思いのほか軽く言う。
「僕も手伝う!」
「ああ、手伝えよ!手伝うがいいさ!!」
勢いに任せて海斗の言葉を繰り返すアレンヴァ。
「…………え?」
「だめ?」
海斗に聞き返されて、はっとするアレンヴァ。
「げ、解せん!何のつもりでそんな…」
今時ベタ過ぎるツンデレである。
「だって…面白そうだもん。僕も今からここに基地作るところだし!」
海斗は一瞬自分の中で答えを探して答えた。
「……と、とりあえず下ろしてくれないか?本当に殺さないって言うんなら。」
「こ、殺すってそんな…そんなことしたら仲間呼ばないの?」
殺されては仲間など呼べないし、呼んだとしてもここに来るにはアレンヴァと同じく3世代分の時間をかけなければならないわけだが。
海斗はアレンヴァをそっと砂の上に置いた。
「…ま、まぁいい。」
砂を払いながらアレンヴァは海斗を見上げて言う。
「お前、名前は?俺はサルーベスタ=サンマリノ=アレングァ=サレンドサランドだ。」
”サルーベスタ=サンマリノ=アレングァ=サレンドサランド”の部分は0.5秒で発音してアレンヴァは自己紹介する。
「海斗。小沢海斗。よろしくねアレンヴァ。」
よくも聞き取れた物だ。
「よ、よろしく。ところで…」
「ん?」
「さっき、ここに基地を作ると言っていたが…」
「うん。これ道具。」
そう言って海斗は少し離れたところに置いておいた赤いバケツを手に取る。
中にはスコップやふるい、あと水の入った500mlペットボトルが入っていた。
アレンヴァはそれらの道具を見て悟った。
既にこの星には彼の思いついた方法で基地を建設する手段が確立されている。おそらくは世界各地にそれは既に存在している、と。
さらなる絶望感がアレンヴァを襲った。
そして同時に、この瞬間彼はある決断をした。
海斗はバケツの中のスコップを取り出すと、早速砂を掘り返し始めた。
アレンヴァが5時間かけて行ってきた事を、海斗は物の数秒で成し遂げた。
(…機械を使わなくとも、この星の生命体は我々の力を既に凌駕しているというのか。)
アレンヴァが掘り進めた深さの2倍ほどまで掘ったところで、海斗は言った。
「それじゃ作ろうか、どのくらいの大きさにする?」
いつのまにか共同作業することになっているらしいが、この際好都合だとアレンヴァは流して話を進める。
「無論、この砂漠地帯全域だ。」
「うわぁいいね!そんなの誰もやってないよ!!」
海斗は目を輝かせて言った。
「そんな事より…」
「ん?」
「この砂では、形を作ってもすぐに倒壊してしまうぞ。」
「そのためのこれじゃん。」
海斗はバケツの中からペットボトルを出すと、おもむろに掘り出した砂の山に水をかけ始めた。
「何を、」
と言いかけてアレンヴァははっとする。
水をかけられた砂は湿り、粘り気を帯びた。
その状態の砂ならば、作った形を保つ事も容易だった。
これなら行ける。アレンヴァは…意気込んだ。
ペットボトルの水をかけ終えると、海斗は湿った砂の山で形を作り始めた。
と言ってもせいぜいが山の形を整える程度だが。
他と言えば掘り返した山の中にトンネルを掘って…という定番中の定番が海斗の中の主な知識だった。
「見事だ…お前は私には無いノウハウを持っている。」
「のうはう?」
「まぁいい。それならば知識はあり難くいただこう。これからよろしく頼む。」
「うん!」
ところで、なぜアレンヴァは地球を侵略しに来たのか。
前述の通り、彼の故郷から世代をまたいで派遣されたからである。
お気づきかもしれないが、この理由は”宇宙のどこかの星”という条件さえ満たせばある意味においていくらでも該当人物が存在しうる。
彼以外の宇宙人が、この星に向かってきていてもおかしくは無いのだ。
漆黒の空間の中、円盤が疾走する。
月の様に大きな一等星が辺りにいくつも点在している事から、その辺りが太陽系周辺でないのは確かだ。
しかし、円盤は一瞬後には遥か遠くで見えたそれらの一等星の群れを横切るのだ。
円盤は恐ろしいほどの速さで星や隕石を掻い潜っている。
と言っても重力調整により船内にGはかからない。
しかもその高速運転は1時間先の航路まで全て計算され、一瞬ごとにある座標を横切る直前まで最適なルートを選択しているという芸の細かさだ。
自動運転の情報履歴を覗き込みながら、”その者”は言った。
『例の星の者に先を越された。どうする?』
大きなレンズに覆われた黒い眼。
華奢な身体に対してやたらと大きな頭部は”彼ら”の知能の高さを感じさせる。
灰色の肌に密着した長袖の黒いスーツはこの船の制服か。
”宇宙人”と聞いて現代の地球人が最も連想しやすい姿かたちの宇宙人だ。
すさまじい量の情報履歴が流れていくコンソールから眼をそらさず、その者は背後の仲間に問ったのだ。
それからも彼らの遺伝的な能力の高さが伺える。
背後の仲間は答える。
『本部への連絡は済ませた。”問題ない、排除して作戦を実行しろ。”との事だ。』
『よろしい。到着は近い、各員――』
高速で情報が流れていくコンソールを見つめていた宇宙人は背後に振り向く。
コンソールがあった部屋は、だだっ広いフロアだった。
彼らが数万人は入ろうかという大きさの正方形の部屋の各辺には、各一つずつちょこんと一メートル程のコンソールが備えられ、四つそれぞれの台の前にここと同じように船員が立っている。
そして、彼の背後―部屋の中央―には数千の同志が直立していた。
『戦闘命令が下るまで訓練を怠るな。星の環境に慣れる事が第一優先事項だ!』
群れから一斉にあがったいかんとも表現しがたい奇声の様な声は、或いは敬意を含む同意の意味だろう。
彼らの声は、フロアにこだました。
『ここは僕の縄張りだよ。』
『ちょっと抜け道に使わせてくれる位いいだろう?』
『だめ。』
海斗の家から随分離れた場所の住宅街。きなこが始めて来る場所だった。
何か特別な物があるわけではない。
長く続く坂道に沿って何十件も連なる家、坂の頂上にはナントカヒルズというマンションが建設中で、その目の前の家の玄関先には建設反対の幟が立ててある。
ただの、ちょっとした冒険だった。
そもそもきなこという男にテリトリー意識など無い。
シアワセな日々を送れればそれで良い。気まま派猫なのだ。
だから逆に、と言うべきか、他人の縄張りに入る事もさして気にしないのだ。
しかし単なる自己中、かというと実はそうでもない。
平和な空間の中ならば相手の事を気にかける事もする方だ。
『何故だ?』
『この辺の顔見知りならともかく、あんたって完全な余所者じゃないか!』
『相手が人間だったら何も言わないくせに…』
『あんた、喧嘩を売っているのか?』
『縄張りに入られたくらいでいちいちつんけんするなと言っているんだ。』
『いいから出て行け。』
『嫌だな。』
きなこにも意地はある。わけもわからずいきなり言いがかりを付けられた挙句に”尻尾を巻いて”帰る事など出来ない。
『なら、僕にも考えがあるんだけどな…』
前傾姿勢になって毛を逆立てたのは、相手のほうだった。
ぐちゃぐちゃとしていて統一性の無いまだら模様。体格こそきなこと同程度で特別大きくも無いが、身体全体からかもし出される威嚇の空気は間違いなく下に何匹か束ねているであろうボス猫のそれだった。
頭頂部から右目、右頬にかけて流れる黒いマスクの奥で碧の眼が睨みつける。
きっかけもなく、まだらの猫は自分のタイミングできなこに飛びかかった。
きなことて家猫ではない。喧嘩の一つや二つ経験済み。
対抗するつもりだった。
まだらの猫は空中で爪をむき出して右の前足を振りかぶる。
なるほど、地を蹴ってからの身のこなしや速さからしても突出した実力があるのがきなこにも解った。
縄張りどうのこうの言うのもその勢い故なのだな、などと少々違った解釈をしながら、きなこは本能的に首を低く構えた。
(見切った。)
敵の一撃がきなこの耳もとをかすめる。
「外れた!?…いや、違う!こいつ、僕の動きを見切っ――」
―――ぎらり―
眼下から、刺す様な視線。
きなこは今にも牙を突き立てんばかりの眼で敵を睨みつけた。
その視線は先ほど睨まれた相手のそれに負けず劣らず。喧嘩の経験が浅いにしては上出来だった。
きなこは手を出さなかった。
敵がすぐ横に着地しても、姿勢を変えない。
まるで第二撃に応戦する体勢を取ろうとしない。
「…………。」
それに気づいたまだらの猫も、着地したままの姿勢で沈黙する。
と、
「僕、チビ。名前は?」
睨むような、警戒するような眼で横目にきなこを見ながらチビは訊いた。
ここまで計算していたわけではないが、きなこが心のどこかで希望していた円満な展開だった。
きなこは、完全に敵意を消して答える。
「…きなこ。」
チビはそれ以上何も言うことなく駆けて行った。
ほっと一息つきかけ、きなこは気づく。
「結局ここ…通っていいのか?」
一瞬考えるが、折角円満に解決したのだと、きなこは踵を返した。
遠回りすれば家に帰れないわけではない。
夜。
「俺の行動理由は受け流される程度の物だろうか?」
船内で栽培する植物で生成した宇宙食を片手に、アレンヴァは机の上の資料を見ながら思う。
と言って資料というのはナノマシンが収集してきた地質データを解析し、最も効率的な作業工程を検証するための物だ。
目線こそ、机の上に直に表示される資料に向いているが、頭で考えているのは全く別の事だった。
きなこの事である。
昨夜以来顔を出さない彼に、アレンヴァはちょっとした危機感を感じていた。
完全に嫌われたか、と。
昨夜、きなこの発言に対して過剰反応しすぎたのではないか。
さすがに反省の念を抑えきれなかった。
自分にとっては、祖父と父の遺志は重要な物であり、自分の使命感を支える要素のひとつだった。
それを一言で流されかけた事が癇に障り、きつい言い方をしてしまった。
が、果たしてそれが本当に良かったのか。
自分のプライドを考えれば今でも妥当な反応だったとは思うのだが、それにより彼の反感を買うのであればそれを理由に引いておくべきだった。
それが彼の結論だった。
と、彼の視界に映像―卓上の資料―が戻ってくる。
「そうだ、ええと…」
結局、その日は海斗のレクチャーを受けながら基本的な事を習うに留まった。
砂の整地、型によるパーツの生成。湿った砂を乾燥させる事による形状の維持。
以上3点だ。
しかしアレンヴァにとっては極めて新鮮な情報だった。
それらが解っただけでも、要塞を建設する上で最低限必要な情報を得られた気がする。
今も船のすぐ横で製鉄をしているところだ。
今度の鋳造はパーツの生成。
建設機械を作るのだ。
ある程度のAIを積めば、あとは簡単な命令だけで作業を進めてくれる。
AIプログラムや機械に基盤を搭載する方法は愛用のマニュアルや、コンピュータにプリ(もともと)インストールされているリファレンスに記してあった。
今日を境に彼の生活が充実していくのが手に取るように解った。
だからこそ、これ以上きなこと距離を開けたくはなかったのだ。
出来る事なら。出来る事なら三人で、自分たちの秘密基地を築きたかった。
(―――あれ、何だ…この、暖かさ…)
アレンヴァは、卓上の表示を消してから船内の電灯を消すと床に着いた。
<ここまでのあらすじ>
アレンヴァの前に現れた少年は、彼の戦略拠点の制作を手伝ってくれると言う。
地球侵略に対する想いから、きなことすれちがってしまうアレンヴァだった…
第五話『来襲』
四日目、朝。
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題名:惑星コードネーム『サルーベスタ』について
送信者:サルーベスタ=サンマリノ=アレングァ=サレンドサランド
みんなで作ろう僕らの宇宙。
本部、このメールを受け取り次第、私の担当作戦のプランレベルをA−に引き上げていただきたい。
理由は以下に示す三点だ。
1.私の担当する星の生命体は非常に巨大にして、強力な力を有する。
2.同じく生命体のうち、現在この星の主導権を握っている種は、特に高等な知能を有する。
3.上記1、2の為か、同種は非常に強力な戦闘力を有し、私が現在建設している要塞が完成するまでは戦闘になった場合の私の勝率は極めて低い物と推定される。
最後になるが、現在の状況を報告する。
私は三世代目にして担当の惑星に到達し、一部惑星の生命体と接触済みである。
その経験を踏まえての要望であり、本メールは決して仕事を楽にしようとか、そういった目的の物ではない。
ご検討願う。
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(地球語訳)
『みんなで作ろう僕らの宇宙』は時候の挨拶のような、丁寧に手紙を書く時に用いる決まり文句の一つだ。
アレンヴァは文面を読み直すと、ディスプレイ上の送信ボタンをタッチした。
仕事用とは思えぬやたらとコミカルなアイコン(アレンヴァが勝手にデスクトップをカスタマイズしている)が、メールを送るモーションをして送信完了の旨が彼の星の文字で表示される。
『そういえば、ここしばらく着陸プロセスの実行で忙しくてあいつらにも連絡取って無かったな…』
そう言うとアレンヴァはスクリーン上のポインタを操作してチャットソフトを起動した。
『よう、アレン久しぶり。』
『心配したぜこのやろー!』
ソフトが起動すると、即座に二つのウインドウが画面上に表示され、それぞれに文字が表示される。
どちらも、アレンヴァの友人だ。
と言っても実際に会った事は無い、いわゆるネッ友に相当する者達である。
『着陸無事に終わったか?』
『何百ペケルも連絡よこさねぇで…』
別々のウインドウで会話が展開し始めているのを察して、アレンヴァは『ちょっと待った。』と言って(実際には打って)スクリーン上のウインドウを両の手でそれぞれタッチする。
慣れた手つきで二つのウインドウを寄せると、水銀がくっつく様なエフェクトで画面上のウインドウが統合され、三人用の会話ウインドウが完成した。
『ええと、とりあえずただいまだ。』
アレンヴァはそれぞれに応える。
『ヒューリス>着陸は何とか成功した。イーガ>連絡出来ない旨は1807ペケルくらい前に連絡したはずだ。過去ログ見てみろ。』
1807ペケルが地球の何時間くらいに相当するのかとか、ヒューリスやイーガの正確な名前だとかはこの際連載スペースの無駄になるので必要になるまでは省略させて頂く事にする。
ただ、”ペケル”という単位は少なくともアレンヴァの祖父が星を飛び立った時点では彼らの星の生活単位と言うわけではなく、宇宙を航行し、星を侵略する者達の間で使われる統一単位であった。
時間、質量、長さ、第六感の感じ具合等何にでも応用出来るのがあだとなり、前後の文脈から何の事を言っているのかを判断しなくてはならない。
だが、皆慣れてしまっている所為で誰もその事に気付かず、新たに単位を発明しようという発想は今のところ無い。
『あ、ホントだ。』
メイガンは続ける。
『まぁ、頑張れよ?解らない事とかあったら何でも聞け、な?恋の話以外だったら何でも相談に乗ってやるぜ。』
『イーガ、本部が提示したスケジュールから常に遅れを取っているお前が言うな。』
『ヒューリスこそまだ星にも到着していないのに解ったような事言うなっつーの!』
『あの、まぁ俺は仕事があるんでこの辺で落ちるぞ?』
関わると面倒そうだったので、そう言ってアレンヴァは早々にチャットソフトをログアウトした。
アレンヴァは朝の渋茶を一杯注ぐと、ぐっと一気に飲み干す。
船の外に出て、南部砂漠地帯を見渡す。
まだ何も無い。
海斗による昨日の講習会の跡も、片付けてしまって既に跡形も無い。
(いざと言う時は…俺自身が直接戦う事になる。)
アレンヴァは、渋茶の入っていたいびつな形をしたカップを足元に置くと、再び南部砂漠地帯に向き直ってぐっと拳を握り締めた。
握り締めた拳を突き出し、刹那の速さで指を広げる。
アレンヴァは、船内のトレーニングで慣れた感覚を確かめるように、身体に伝わる振動を感じていた。
南部砂漠地帯の一角が、ゴルフのバンカーショットの砂煙の如く吹き飛んだ。
「あれ、海斗今日もどっか行くのか?」
「うん。」
「何だ、カノジョでも出来たか?」
海斗の父はけたけたと楽しそうにからかう。
「そ、そんなんじゃないよ!」
海斗は早々に靴を履くと、「行ってきます」と一言、逃げるように家の前の坂を駆け下りて行った。
「…あの歳で、あんな顔してどこかに遊びに行くって言ったら…友達が出来たとかそんなんだよなぁ?」
海斗の父はふと思う。
(ま、あんまり追求しても隠し事させる事にもなるしな。うん。)
「な?きなこ。」
縁側の外―足元の―きなこを見やって、海斗の父は言った。
「にゃー。」
彼の問いに応えたのか、きなこはひと鳴き返事をすると海斗の走っていった方に駆けて行ってしまった。
「あれ、きなこ?」
海斗の横をきなこが横切って行く。
(どこ行くんだろう?)
別に、猫が昼の間何処をうろつこうが知った事では無いが、ふと海斗はそんなことを思った。
そして、奇遇にも彼の目的地と、きなこが進む方向は一致していた。
なんとなく気になったので海斗は見失わないようにきなこの後を追った。
『おーい。』
手元の携帯端末に解読済み言語その1(猫語)を報せるメッセージが表示され、アレンヴァの防護服のスピーカから聞きなれた声が聞こえた。
『きなこ…』
『どうだ、仕事の方は?』
『…昨日は、悪かった。』
と、言われきなこはしばし記憶を辿る。
謝られる覚えなどあったろうか?
そういえば何か言い合いになりかけたような気がしなくも無い。
内容などとうに忘れたが。
『………むぅ』
仕方ないのできなこは説明を求めるニュアンスをこめたうなり声をあげた。
『…俺も少々熱くなりすぎた。肩に力が入っては上手くいくものもいかないという物だ。』
そこまで聞いて、きなこはようやく先日の夜の会話のおおよその流れを思い出した。
(あぁ…)
『まぁ、結果的に無駄な時間を取ったことはこちらも反省点だ。……で、首尾は?』
『あ、ああ。それが…』
「アレンヴァおはよー!」
不意に草むらから声がした。
『お?』
「にゃ?!」
「なーんだ。そういうことだったんだ。きなこを追ってたらここにたどり着いたからびっくりした。」
海斗が言うと、アレンヴァは防護服の装置を猫語変換に設定し直して改めて口を開く。
『おまえを追っていたらここに辿り着いて驚いたそうだ。』
『お前、人間とも喋れるのか!?』
『ああ、基本的にどんな言葉でも言語変換器で言語解析さえすれば大丈夫だ。』
『それは便利だな…犬の言葉を人間向けに変換する機械が開発中らしいというのは噂で聞いたことがあるが…』
「ねぇ、何の話してるの?」
アレンヴァは海斗に向き直って言う。
「ああ、いや私が人間の言葉も話せるという事に関心があるようだ。」
「ふうん。そっか…あ、そうだそうだ。今日は何するの?」
『海斗は何と言っている?』
『ええとだな…今日の作業内容について、』
「きなこっていつもここに来るの?」
「ああ、きなことはここに来てまもなく知り合った。」
『つまり、海斗が昨日アレンヴァに色々と教えたわけか。』
『ああ…ああ…ぁあ゛!!』
「?」
『?』
海斗ときなこがそれぞれ急に奇声を発したアレンヴァを見る。
「ちょっとまて。」
アレンヴァは首の向きと変換言語を変えてもう一度言う。
『ちょっとまて。』
おもむろに腰を上げると、船の方に走っていく。
宇宙船まで5メートル程ある。
海斗が後を追ってアレンヴァの前に手を差し出す。
「乗って。宇宙船に行くんでしょ?」
「あ、ああ。悪い。」
地球人の手のひらで運んでもらう宇宙人。”まるでコスモスのよう”だ。
船の甲板に下ろしてもらったアレンヴァは、船の中に入ってキーボードをカタカタと叩く。
と、たちどころに船が変形し始めた。
「おお!」
「にゃー!」
きなこも興味津々といった表情で二人の方に歩み寄ってきた。
変形を終えた船は、四角柱の鉄塔を思わす形を模していた。
頂付近には何やらパラボラアンテナのような膜状のレンズの様な物が張ってある。
「聞こえるか?」
海斗の耳に、その言葉は地球語で聞こえてきた。
と、海斗の横で、
「ああ、聞こえる。」
多少口の動きと合っていないが、きなこが人間の言葉でそう喋った。
「―――え?きなこ、いま…喋っ…た?」
「にゃ!?」
多少言語変換に問題があるのはご愛嬌。
つまり、アレンヴァが今変形させた船に取り付けられたスピーカから、海斗には日本語、きなこには猫語で言葉が発せられているのである。
「不思議だろう?お前達が今聞いているのは音声ではない。それぞれの種にあわせた言語を、脳に直接響かせているのだ。」
「ええっと、僕らは…」
「解るかと思うが、直接念じたりしなくてもよろしい。普通に口で喋ってもらえればこのアンテナから二人の脳に言葉を響かせる。」
きなこがまとめる。
「入力は声で、出力は電波という事か。」
「ああ、入力は声で出力は電波だ。萌え声で喋っても特殊な電波が出るわけではないので勘違いするんじゃないぞ?」
(”特殊な電波”…?)
「ね、ねぇ、特――」
海斗が(本能的に)恐る恐る尋ねようとしたのに気付いてか気付かずかアレンヴァは話題を変える。
「で、本日の作業についてだが、いい物を準備しておいた。」
「む?」
不思議そうに首をかしげるきなこを見て、アレンヴァは満足げな顔になった。
と、海斗ときなこの背後―砂場―に手をかざしたかと思うと、天高く振り上げた。
――ズズズ…
ゆっくりと、砂の中から何かがせりあがる。
砂の中で上方に動くそれが停止すると、今度はその一帯に風が吹き、余計な砂を払いのける。
砂煙の中から、それは姿を現した。
「あ!」
思わず海斗は声を上げた。
砂煙の中から現れたのは、明らかに”脚”になりそうな、おおよそ直方体の形をしたドリル型掘削建機と砂の運搬用と思われる大きなバケットが付いた建機が”一組”。
明らかに”腕”になりそうな細めの直方体の形をした扇風機の様なものが付いた機械が一組(こちらは一組丸まる同じ形で、左右対称である。)。
そして他の四機に比べ一回り大き目の、何故か”赤い色”を思わせる、胴体になりそうな建機が一機。こちらの機能はぱっと見ではよく解らない。
海斗は眼を輝かせる。
「思わせぶりで申し訳ないが、別に戦闘能力があるわけではないので念のため先に言っておく。」
アレンヴァはさらに続ける。
「これらは即席の消耗品だ。早々に新型機を設計しなければならないが…兎に角しばらくの間はこれで作業が出来るはず。」
「アレンヴァ、凄いよアレンヴァ!!」
明らかに眼の色を変えた海斗は、さらに具体的な話を求めた。
「でさ、でさ!設計図とかは?基地の設計図!」
「ふふふ…まぁ落ち着け。一応土台となる部分の図面は夜中にナノマシンを使って砂漠に直接刻んでおいた。」
言うと、アレンヴァはもう一度手を振り上げる。
つむじ風を思わす風が辺りに吹く。
海斗は腕で顔を覆うが、決定的瞬間を見逃すまいと腕の中から眼を細めている。
砂の中から徐々に溝が浮き上がる。
アレンヴァが何らかの原理で巻き起こす風に反応して、ナノマシンが各自の周辺の砂をかき分けているのだ。
そして、数十秒で浮き上がったのは、家の間取り図を思わせる四角形の組合せだった。
アレンヴァが指差して言う。
「あの辺りに正面門、そのすぐ奥にもう一つ門を設けてその先に中央広場を構える。あとはあの辺りに一つ高台を作り見張り塔を作っておいて、そのさらに奥にメインとなる総司令部を置く。その中に俺の船を格納し、いざと言う時には直接行動できるようにする。」
一連の説明を聞いていた海斗は、さらに眼を輝かせた。
「うわぁ!ホントに凄いってぇえ!!」
今にも頭から煙を噴き上げて倒れそうな勢いだ。
「ただし、俺もただだらだらと物を作るつもりは無い。建設中に新たなパーツを開発し、それにあわせて設計はどんどん変更していく。むしろ半分アドリブで作業を進めると思ってくれ。」
「”新たなパーツ”って!?」
「まだ構想段階だが、例えば炎を吹き上げるたいまつだとか、いざと言う時に水を流して敵の進行を抑える機構だとか。俺の生存を優先させる為に一部には城の自爆機能も備えておきたい。」
難しい単語もなんとなくの雰囲気で解釈し、海斗は話しに聞き入る。
「あと、何よりこの南部砂漠地帯のどの方角から攻めてこられても問題無い様に砲台はそれなりの数を用意しなければならない。」
「おお!!」
「海斗、お前のレクチャーのおかげでおおよそどういう事までが実現可能なのかが解り、計画を立てやすくなった。感謝しているぞ。」
「うん!……あ、あれ?」
と、それまで何も見えなくなっている感じだった海斗が、はっとして辺りを見回す。
「どうした?」
「きなこ…は?」
「む?」
(随分面倒な話になってきた…)
海斗の家の縁側でとぐろを巻くきなこは眠そうな眼で空を眺めた。
奥の方からはPCのキーを叩く音が聞こえてくる。
これが彼の求める平穏だ。
海斗やアレンヴァの様に意気込んで何か作ろう等、考えただけで面倒くさい。
猫は働いたら負けだと思うのだ。
気が向いた時に気が向いたところに行き、気が向いた事をする。
猫の特権だ。
「まぁ、仕方ない。作業を開始しよう。」
「解った。」
未だわくわく胸躍らせている海斗に、アレンヴァは指示を出す。
「兎に角砂をより分けよう。海斗は大雑把でいいから各エリアに砂を分配してくれ。私が細かく形をならしていく。」
うんと一言言うと、早速海斗はバケツに辺りの砂を詰めて砂の上にかかれた線を消さないように各部に盛っていった。
アレンヴァはそれに霧状の水を振り掛けある程度の強度にすると、形を作っていく。
海斗も自分の作業が終わるとアレンヴァを手伝い、予想外のハイペースで”基地”は形を成していった。
二人とも、日がな一日夢中になってその日の作業を終えた。
「結局戻ってこなかったね、きなこ。」
「奴は奴なりに忙しいんだろう。」
因みに、この日のきなこは一日中海斗の家でごろごろしていた。
「でもさ、思ったんだけどこれ…」
海斗は夕日に照らされてオレンジに染まる”基地”を眺めた。
広い砂場の中、六畳程の長方形の範囲に渡りそれはそびえていた。
最高で標高五十センチ程の砂の台地が、まるで戦国時代の城を思わせる戦略的に入り組んだ地形を形成していた。
最も標高が高い中央に位置する部分には、既にアレンヴァの手によって窓のある建物が備えられている。
外観はあくまで戦略的に、衝撃を分散しやすい円筒状をしている。
あまりにも飾りっ気が無いが、海斗が言いたいのはそこではない。
「昼に言ってた砲台とかってどうやって準備するの?」
「設計は既に済んでいる。明日には準備しておく。」
うん、と言いそうになって海斗ははっと気付く。
「あ、ごめん、明日からしばらく昼間は来れないかも…」
今日は日曜日なのだ。
”かも”というより、間違いなく海斗は金曜日までは昼間の作業に参加することが出来ない。
「む、何か用事か?」
「ええと…学校…って言う言葉、変換できてる?」
海斗は言葉に悩みながらそうアレンヴァに尋ねた。
「おお、学校か、成る程そうか。」
「ああよかった…」
「お前そんな年齢なのか?」
アレンヴァが不意に発したそんな疑問に、海斗は首をかしげながら答える。
「10歳だけど?」
「すまん、この星の人間の寿命は大体何歳だ?」
「ええっと…100歳くらい?」
子供の感覚だと大雑把にこんな回答が返ってくるのは想像に難しくないだろう。地球人には。
「何だと!?」
アレンヴァは突如として驚愕してオーバーアクション気味に片足で後ずさりした。
「え、な、何?!」
「この星の人間は…子供の頃から”学校”に通うのか?」
「うん、7歳から通ってるよ?たしか、9年間はみんな絶対に学校に行かないといけないんだって父さんが言ってた。」
それを聞いてアレンヴァは愕然として足を崩した。
「アレンヴァ!?」
駆け寄ろうとする海斗を、アレンヴァは手で制した。
「き、気にするな。大丈夫だ。」
「どうしたの…?」
「今日は、もう解散しよう。」
「う、うん…じゃあ…」
そう言うと、海斗は道具を持って外の道へと繋がる草むらへと姿を消していった。
「7歳から、9年間必ず学校に通い……寿命が100歳…」
この辺りでいい加減にくどいので補足を入れておく事にする。
実は、アレンヴァの星での学校というのは、おおよそが軍事訓練を行い敵国への侵攻や防衛の力を向上する類のものをさすのだ。
そんな物に通うのは彼の星でも殆どが大人や若者ばかりだ。
ちなみに、職業訓練などは基本的に職場に入り直接習うのが伝統で、アレンヴァの頭にはそれが常識として染み込んでいた。
そういった認識ミスにより、アレンヴァは壮大な勘違いをしているのだ。
「この星を支配する生物は…誰も9年間の軍事訓練を体験している…だと?」
彼の頭の中では、今地球の総人口vsアレンヴァ一人の図が展開されている。
軍隊だけなら彼の自信過剰っぷりもあり一人で相手をするという気にもなるが、地球人全員となるとさすがに話は違ってくる。らしい。
だだっ広い制御フロアには、二人の宇宙人が立っている。
『到着まで四億と三十万ペケル。いよいよです。』
ペケルはアレンヴァの星以外でも使われている単位らしい。
『レイ、ご苦労だったな。』
レイと呼ばれた宇宙人は、横の仲間に返す。
『戦闘指揮は貴方の仕事です。イディ、これからは貴方が苦労する事になる。』
イディは言葉を返す。
『留守の間、船は任せたぞ。レイ。』
『承知しています。イディもくれぐれも抜かりなきよう。』
『相手はかの星の者。抜かる事などせんよ。』
イディは、正面のスクリーンの端に映し出される地球を、ただただ無表情に見つめ続けた。
何百という数の宇宙船の群れの中、イディが乗る船は先頭を行く。
遥か彼方にあったはずの星を一瞬後には横切り猛然と進む先は、アレンヴァの侵略活動進行中の地・地球だった。
アレンヴァ来襲より五日目の朝。
彼らは地球に到着した。
<ここまでのあらすじ>
海斗ときなこはアレンヴァの持ち込んだ機械により限定的に会話する事が可能になった。
アレンヴァと海斗は一日中夢中になって基地の建設を進めていく…
第六話『開戦』
「ふぁ…」
アレンヴァは突っ伏していた机から身を起こした。
今朝まで徹夜だったらしい。
机の上に図面は無い。
全て宇宙船のコンピュータに備えられている補助記憶装置に保存してあるのだ。
アレンヴァは、バックアップを取ったディスクを作業机の端から引き抜くと、手元の端末の中に差し込んだ。
アレンヴァの手首に固定された端末を中心に三次元画像が展開される。
画像の展開が終わると、それは回転をはじめ、映像となった。
構築予定の基地の三次元映像を眺めながら、アレンヴァは思った。
(このままではまずい…)
昨日の海斗の話を聞き、地球人はその全てが幼い頃から軍事訓練を受けていると勘違いしているアレンヴァだが、そもそもこの星を今の装備で侵略できそうも無い事くらい、軽トラに襲われた時にうすうす感づいていた。
そして、アレンヴァの母星から地球までは、三世代分の寿命ほどの時間をかけなければたどり着けない。
仲間を呼ぶことも出来ないのだ。
アレンヴァにとって、戦力を強化できる要素があるとすれば、一つだった。
「待つしかない、か。」
何かを心に決めると、アレンヴァは席を立って船の外へと出て行き、その日の作業を開始した。
きなこは、道路わきの溝の中を黙々と歩いていた。
行き先は隣町。
縄張りにうるさい猫が多い地域だ。
一昨日対峙したまだら模様の猫が忘れられない。
優男だが、きなこよりも若くして地域のボスをしているチビに、きなこは少々興味があった。
一戦交えたいとまでは言わないが、何故あのなりにしてボスへと上り詰めたのか、純粋に興味があった。
溝蓋が外の光を遮り、一定の間隔で差し込む細い光が溝の中にたまった埃を照らして光の筋となっている。
そのパターンの中にさらに一際大きな光が降り注ぐ場所がある。
一定の間隔で配置されている金属製の蓋の真下に位置するところだ。
その下をきなこが通りかかった時である。
「あ!猫だ!!」
きなこの耳に人間の子供の声が聞こえた。
「本当だ!」
しかも、一人ではない。
きなこは、その口調からいやな予感を催す。
『この感じは…目的も無いのに追いかけてくる迷惑な種類の人間とみた。』
きなこは悟るが早いか駆け出した。
地上で子供が何か言いながら走り出したのが、溝蓋のガタガタという音と振動で直ぐにわかった。
(溝が道を回りこむようにして続いてる、これじゃあ人の足でも俺が溝蓋の無いところに出るまでに先回りできかねないぞ…っ、)
きなこはさらに速度を上げて走り続ける。
しかし、子供達の足音は確実に前方から聞こえてきていた。
と、そのとき。
背後から、コンクリートを蹴る爪の音が聞こえてきた。
『こっち。』
聞き覚えのある声だった。
『チビか!?』
きなこは走りながら振り返る。
『この辺りの悪がきどもだよ。僕も見かけたら顔をあわせないように遠回りしてる。』
『悪いな、どうやら厄介ごとに巻き込んだようだ。』
『こっち。ついてきて。』
言うと、チビはきなこを追い越して溝の脇へと飛び込んだ。
見れば、溝の側面に大きなひびが入り、丁度猫一匹入れるほどの大きさの穴が開いている。
チビよりも一回り大きなきなこは多少てこずりながら穴を抜けると、先で振り返ってきなこを待っていたチビを見た。
『こっち。』
『お、おい!』
きなこが抜け出してくるのを確認してチビは先へと進んでいく。
高くまで伸びた草が生い茂る中、きなこはチビに先導されて歩いていった。
七月の熱い風にひげをゆらし、きなこはチビについていく。
しばらく歩くと、ようやく草地を抜ける気配がした。
『おい、何処まで歩くんだ?』
きなこは前方を行くチビに問いかける。
チビは、特に何を答える風も無く歩き続ける。
もう子供達も追って来ないだろう、一体何処に連れて行くつもりなのか。
きなこが半ば心配になりかけてきた頃、チビの足が止まった。
『ここ。』
『あん?』
きなこは言う。
『にゃんだってこんなに連れ回した?人から逃してくれたのはたしかに助かった。だが――』
きなこは、草むらを抜けていったチビに続きながらごねる。
『――って、』
と、きなこの足が止まった。
一帯の開けた空き地には、十匹前後もの猫達が居た。
きなこは声も出ずに驚きの表情も作れないで居る。
無理も無い、独りを好むきなこがこれほどの群れを見たのは生まれて初めてだった。
チビはそんなきなこに構う事も無く、皆に呼びかける。
『みんな、ちょっといい?』
チビの仲間と思われる猫達は近寄ってくるでもなく、二匹の方へと首を曲げた。
チビは続ける。
『この前言ったきなこを連れて来た。』
きなこの方を向いて言う。
『きなこ、こいつらがうちの縄張りのチーム。』
道中、きなこはすっかり忘れていた。
そう、チビはこの一帯を治めるボス猫なのだ。
名前どおりの華奢な体にそぐわぬ強さは、きなこも確認済みだ。
むしろ、普段喧嘩などしない自分が彼に引き分けられた事自体がある意味奇跡ですらあった。
きなこは、なれない口調でにゃあとひと鳴きした。
『あー…きなこです。』
『てめぇ、うちらのシマぁ荒らしに来たんとちゃうやろなぁ!?ぁあん!?』
何故かこのタイミングで群れの中の一匹がきなこの方へと向かってきた。
こげ茶と黒のシマが入った随分体格のいい太猫だ。
『だいたいウチのリーダー相手に引き分けたっちゅうんだってなぁ、リーダーが途中で道を譲ってやったからやで?!わかっとんのかこら!?』
今にもきなこに食らいつかんばかりの勢いですごむ太猫が近くに来たところで、チビが割って入った。
『茶介、やめろ。』
『は、はい、失礼しました。リーダー。』
二三歩後ずさっていたきなこは、さらにもう一歩後ずさった。
『みんな、この僕が認めた奴だ。この一帯の通行くらいは許してやる様にしてくれ。』
群れは、ばらばらに返事した。
(つくづく”見えねぇ”。この、チビって男は…)
きなこは、なにも言えないまましばらく色々考えていた。
『侵略のためならぁえんやこらー…』
アレンヴァは作業を一段落させると、改めて鉄を配合しなおして作ったスコップを砂の地面につき立てた。
『――っと。』
アレンヴァは、照りつける初夏の太陽を見上げた。
ゆっくりと目線を下ろし、遠くまで続く要塞を見渡した。
建設は極めて順調だった。
全ての土台の上には建物本体の基礎が(最も全て砂ではあるが)築かれ、完成済みの物には最上階付近に立方体型にくりぬかれた空間が備えられていた。
彼の立つ、メインタワーの最上階から見渡す景色は絶景だった。
砂場の区画の端である丸太よりも内側を彼は”南部砂漠地帯”と呼んでいるが、その南部砂漠地帯のうち、今や四分の一に当たる面積で基地の建設が進んでいる。
海斗の労働力が途絶えた事は極めて大きな痛手ではあったが、それでも彼の要塞は着実に形を成していた。
絶景を眺めるアレンヴァは、要塞の一部に格納した宇宙船に目をやった。
円筒状のメインタワーの中に格納された宇宙船の中から、電子音が聞こえている。
アレンヴァはスコップを足元につきたてたままそちらへと歩み寄った。
『なんだ?ヒトがいい気分に浸ってる時に…』
愚痴りながら船内に入り、卓上のディスプレイへと眼を向けたアレンヴァは、その動きを静止させた。
『…なん…だと?』
しばし言葉を失いながらも、アレンヴァははっとしてキーを打ってより詳細な情報を画面に映し出す。
彼は、ディスプレイに映し出された情報を読み取るが早いか、船外へと走り出で空を見上げた。
巨大な黒い円盤が、要塞のはるか上空で回転していた。
漆黒のそれが音も無く”回転”しているのが解るのは、アレンヴァが本来持つ視力の為だ。
遠目には、その”空飛ぶ円盤”はまるでそこだけ雲の無い夜の空の様にただただ漆黒だった。
アレンヴァは、立ち尽くす。
恐らく、彼らは自分の存在に気付いている。
そして、自分も彼らの正体を知っている。
独特の形状の円盤。この星の各地でも目撃されて、アレンヴァはじめ他種族からも顰蹙(ひんしゅく)を買っている強硬派。
『リトル・グレイ…ッ!』
アレンヴァは、身構えて遥か彼方から接近してくる群れに舌打ちすると、彼らの敵意を敏感に感じ取った。
『ここを破壊する気なのか…?』
変わらない速度で忍び寄るリトルグレイの宇宙船の群れの中で、何かが光る。
アレンヴァは目を細めて凝視するが、わからない。
当然だった。
光の速さで飛んできたそれは、既に彼の立つタワーの中ほどに”着弾”していた。
ほんの一瞬、アレンヴァの足に震えが走った。
次の瞬間、そこにアレンヴァの姿は無かった。
群れから放たれた何らかの攻撃により、彼の立っていたタワーが崩壊したのだ。
アレンヴァは、なすすべなく崩壊に巻き込まれていくしかなかった。
群れの先頭。
円盤群の中でも一際大きなシルエットは太陽を背に接近を続けていた。
『レイ、攻撃を開始した。これより第二フェイズに移行する。』
『了解。イディ、健闘を祈る。』
レイは、手元のキーボードのボタンの一つを軽く指で触れると、頭の中で念じる。
『サルーベスタ=サンマリノ=アレングァ=サレンドサランドを補足、攻撃した。全軍、反撃に備えつつ敵要塞の完全破壊の準備を。』
キーに触れることで通信回線を開き、念じる事で通信データストリームの中に自分の言葉を乗せ、各艦に音声として配信する。
洗練された通信システムだった。
イディは、群れから抜け、アレンヴァの要塞へと先行した。
『かの星の者がこの程度で片付く筈は無い…』
イディがディスプレイ越しに見るのは、アレンヴァが先程まで立っていたタワー周辺だ。
円筒状をしていたタワーは、完全に崩れ落ち、砂の中からかすかに宇宙船が覗いている。
アレンヴァは、この瓦礫の中のいずれかに居るはずである。
イディは手元のキーを操作し、ディスプレイの視界を広げる。
彼に限らず、円盤は乗組員一人につき一機ずつ割り当てられている。
どれも乗組員の身体に似つかわしくない程の大きさの艦ではあるが、一人当たりの情報処理能力は十分それぞれの船に対して間に合っているし、撃墜された時の人命的な損害を考慮して一人一機という形態をとっているのだ。
ディスプレイの視界のワイド処理が終了すると、イディは改めて要塞に目を向ける。
タワーの周りには8方向に渡り下り坂が伸びており、それに沿うようにピースケーキ型の背の低い建物が並んでいる。
どれも丁寧に出入り口まで作られていたが、中にはまだ建設中のものも見て取れた。
『レイ。幸い、タイミングは悪くなかったようだ。彼がこの星に飛来したのもそう昔の事ではないらしい。』
『了解した。イディ、気を抜くな。』
『了解。』
と、その時イディの乗る戦艦に音声メッセージが響く。
『敵要塞内、タワー周辺に熱源感知。』
『了解――』
イディが通信を返しかけた時だった。
『なんだ?』
タワー周辺が突如として砂煙に包まれる。
『熱源接近。』
『解っている。降下を続ける。』
ディスプレイの中の砂煙の中から、ほんの一瞬、防護スーツに身を包んだ男が見えた。
―――ザー…
ディスプレイの映像が青と黒で構成された砂嵐に変わる。
テレビ等で全く映らないチャンネルに変えたときに地球の機器では白黒で出てくる砂嵐だ。
そして、直後にイディの乗る船に振動が走る。
『貴様、この星は私どもが先に発見した星だ。星間公式見解でも合意のはずだ。』
という声は、イディの背後からだった。
イディの宇宙船のフロアのど真ん中には、大きな穴が開いていた。
そこからアレンヴァは這い上がり、今、イディと対峙した。
イディとアレンヴァの身長は殆ど変わらない。
『…そのようなことは関係ない。』
イディは動じる様子無く、また表情を変える事も無く言う。
『我々は母星に見捨てられし放浪の民。』
『宙族か。』
『いかにも。』
『ならば遠慮は要らないな。犯罪者をここで潰し、わが星のお前の母星への貸しとしてやる。』
『何も解っていないな。まぁいい、敵意はお互い同じのようだ。』
宙族とは、何らかの理由で自分の星から個人団体レベルで飛び立ち、宇宙をさ迷う宇宙人の俗称である。
文明レベルの低いと思われる星を違法に支配し、自らの財産として主張する行為が惑星間で問題になっている。
アレンヴァは、比較的冷静なように見えた。
随分と形を成してきていた要塞の最も手をかけた部分を破壊された事を気に止めないフリをするのは、その怒りが命取りになると察したからだ。
アレンヴァは冷静ではあったが、その眼は真剣そのものだ。
押し殺すように、感情を消して尋ねる。
『今すぐこの星から出て行け。いいな?』
『ときに、サルーベスタ=サンマリノ=アレングァ=サレンドサランド。』
イディはアレンヴァの言葉を無視して尋ね返した。
『何故、私は宇宙船に乗り込まれて尚、こうも冷静で居られると思う?』
『何?』
『ふふふ…全て、計算済みなのだよ。』
アレンヴァは、はっとして宇宙船の中から要塞を見下ろした。
『無数の円盤が、要塞へと降下していた。』
『っく、』
アレンヴァはイディの船から飛び降りかけるが、既に彼が飛び込んできたときとは比べ物にならないほどに船は上昇していた。
『言っただろう?全て計算済みだ、と。』
イディは尚も口調を変えずにアレンヴァに言う。
アレンヴァは、焦りを感じながらも冷静を装って言う。
『公式に侵略に来ている私に対して、道徳的理由も無くこのような事をすればお前達は私の母星の総力を上げて潰される事になる。』
『それはどうだろう?サルーベスタ君。』
『強がりはよせ、今すぐこの星から立ち去れ。』
『君の星では、侵略事業が繁栄しすぎている。数え切れないほどのプロジェクトの中の一つが潰されたとて、逐一犯人を追い詰めていてはきりがない程にな。』
図星だった。
アレンヴァの侵略は、膨大な数の侵略プロジェクトのうちの一つに過ぎない。
仮にアレンヴァの訴えを聞いて彼の母星が報復活動に乗り切りこの星に駆けつけるとしても、彼らがこの星にたどり着くのは彼らの三世代分の寿命も先の話である。
『ならば…群れから突出した船に乗っていたお前を指揮官とみなし排除するッ!』
アレンヴァはフロアの床を蹴ると、イディに向かって走り始めた。
イディは応じるように身構える。
加速するままの勢いで最後の一歩を踏み込むと、アレンヴァは右足を振り薙いだ。
イディはアレンヴァの一撃を腕で受けるが、勢いのままに壁へと激突する。
アレンヴァは言う。
『リトルグレイは文明の発達具合の割りに戦闘能力その物は高くない。死にたくなければ今すぐ帰れ。』
『クク…』
イディは突如として不気味に笑い始める。
『調べが足りないな。』
壁にすがりながら、イディは言う。
『我々の戦闘力について、肉弾戦においてしか知識が無いとは、お前の星の侵略官とはその程度かッ!』
と、言いながらイディはアレンヴァの方に手をかざす。
『―――ッ!』
爆音と共にイディの船の一部が爆裂、炎上する。
煙を噴き上げて、船は降下を始めた。
アレンヴァのいた辺りの床は物の見事に消し飛び、彼がその場にいれば間違いなく命が無かったのが見て解る程だった。
脇へと転がり何とかイディの一撃を回避したアレンヴァは咄嗟に回想する。
(あの瞬間、イディの掌から――)
丁度、今再び彼の掌で光っている鮮やかなオレンジ色の球体が、まるで宇宙空間に浮かぶ水玉の様に蠢き――
(光の弾が――)
UFOの動きの様な高速で飛んできて、
イディの船で二度目の爆発が起こる。
今度ばかりは完全に船が傾き、加速度を増して地面へと落下していく。
その様は、もはや揚力を失う事による降下というよりは爆発した機体の破片が落ちていくのと変わらなかった。
アレンヴァは宙に投げ出されるが、幸いにして既に高度もそう高くは無かった為着地に成功する。
『く、』
見上げた先から次々と落ちてくる機体の残骸をかいくぐり、要塞の建物の中へと逃げ込んだ。
辺りの建物が残骸により次々と傷付けられていき、砂煙が舞いあがる。
『くくく、サルーベスタ君。隠れても無駄だ。これよりこの砂漠地帯全体に総攻撃を開始する。』
『あいつ、生きていたか…』
回線と音声伝達系統をジャックしたのだろう。
要塞のスピーカを使ってイディはアレンヴァに言った。
アレンヴァはそっと窓から上空をの様子をうかがう。
数十の漆黒の円盤が直線運動を繰り返し、攻撃命令を待っている。
『万事休すか…』
アレンヴァは、窓から顔を離しかがみ込むと、俯いて呟いた。
と、その時だった。
「―――ニャーァアア゛ッ!!」
アレンヴァは、聞き覚えのある声にはっとして顔を上げた。
思わず表へと躍り出たアレンヴァは、声の主を捜すべく、辺りを見渡した。
「きな――」
その名を呼びかけたとき、一帯が影に包まれる。
太陽を遮り、アレンヴァの真上を巨体が通過したのだ。
高度100センチ上空を行くそれは、濃いクリーム色の地に黄土色の縞模様を引く”巨大生物”。きなこだった。
きなこは、円盤の群れの中の一つに飛びつくと、4、50センチほどのそれを中空から引きずり落とした。
――ズゥン!
落下地点に砂煙が上がる。
『なっ、』
スピーカーからイディの焦った声が聞こえる。
『予期せぬアクシデントは、”計算”の対象外。』
アレンヴァが呟くのとほぼ同時に、今一度遠くのほうで砂煙が舞い上がる。
きなこが新たに船を沈めたのだ。
『計算の対象外のものに対する抵抗力が皆無なのは、データに頼って戦っている証拠ッ。』
イディの目の前にまた一つ、船が落ちてきた。
『何より、己の戦力を過信し、勝利を疑わなかったが為の、敗北の証となる!!』
イディの目の前で、巨獣は吼えた。
「にゃぁああああ!!」
『撤退だーー―ッ!』
イディの周辺が、赤い光に包まれる。
きなこがイディに飛び掛るが早いか、イディは上空の船へと高速で転送されていった。
アレンヴァは、上空で繰り広げられる光景にただただ眼を見張るしかなかった。
『計算外だ。想定外だッ。計画の構想外だァッ!!』
イディは足元のコントロールボックスを思い切り蹴り飛ばした。
自軍の被害は甚大だった。
小型戦艦8機がきなこ一匹により撃墜され、自らが乗るリーダー機もアレンヴァの手により結局推力を失い要塞へと墜落した。
”想定外”。
言い訳というよりは、正に彼自身の感想だった。
全長数十センチの巨獣は、今も彼の脳裏で暴れまわっている。
愛らしい声を上げて、暴れまわっているのだ。
そんな彼の目の前の巨大スクリーンに、不意に映像が映し出された。
『イディ。無事か。』
彼の目の前に映し出されたのは彼と共に船団を率いてきたレイだった。
『レイか…』
表情の無い声で心配するのは彼らの特徴であり、特別かわった事ではない。
『どうやら、少々時間がかかりそうだ。』
レイは怪訝な顔をして尋ねる。
『想定外の戦力について、こちらでも解析している。それが終わるまで時間を稼げるか?イディ。』
『ああ、やってみる。』
イディは一言そう告げると、コンソールに手を伸ばす。
『また、連絡する。』
重いため息が、だだっ広いフロアに響くようだった。
崩れ落ちた管制塔の前でへたり込み、アレンヴァはきなこを見上げる。
「俺は…俺一人ではどうにもできなかった。」
風が、建物の残骸を撫でてアレンヴァに打ち付ける。
きなこは、目線を夕日に逸らしたままアレンヴァの真正面に座っている。
「あれは一体何だったんだ?お前の同族か?」
アレンヴァは、一歩踏み出して力強く否定する。
「違う!アレは私の星の抵抗勢力の軍勢だ。決して我々の同族などではない!!」
「抵抗勢力…つまり、ナワバリを争う相手というわけか。」
「ああ。」
相当にスケールが異なるが、つまりはきなこの言うナワバリもアレンヴァの言う縄張りも意味合い的には同じである。
「それがお前を追ってこの星に来た、と。」
「それは解らない。」
「む?」
「お互い、宇宙のいたる所ではち合わせ、獲物をめぐって争う事もある。」
「――お前は、要塞を護るのか?」
「無論だ。」
アレンヴァは、きなこを見上げて言う。
「それが…この星を侵略する事が、私が今ここに生きる理由だ。」
きなこは、目線を逸らす。
『そんなものが――』と、言おうとして止めた。
「そうか。闘うんだな。」
「ああ…」
アレンヴァは、ゆっくりと立ち上がる。
「こんな事で立ち止まっては居られない。」
きなこは、心の中でため息一つ、彼を見る。
「早々に、要塞の強化を図らねば…。」
複雑な心境のきなことは裏腹に、アレンヴァの眼光は闘志に満ちていた。
七月の、夕暮れ時。
<ここまでのあらすじ>
地球にやってきた”宙族”の一団。
アレンヴァはきなこの助けにより一時的に彼らを追い払う事に成功した。
第七話『七月<ナナノツキ>』
1999年、7月。
アレンヴァ来襲より、五日が経った。
六日目の朝。彼は倒壊したメインタワーにうずもれた船の中でメールを開いた。
文面には、彼の星の言葉でこう書かれてあった。
送信者:母星
To:サルーベスタ=サンマリノ=アレングァ=サレンドサランド
(中略)
委細承知した。貴殿の担当をプランレベルをAに引き上げる。
状況が進行し次第、追って連絡を願う。
と。
アレンヴァは、手放しには快い表情はしていなかった。
それだけ敵が強大であるという事だ。
くわえて、リトルグレイの襲来も重なった。
恐怖と言わないまでも、アレンヴァは間違いなく不安を感じていた。
きなこがいなければどうなっていたか解らない。
アレンヴァにとってしてみれば、きなことて異星人に過ぎない。
だが現に彼は、きなこと会話もしたし、助けられもした。
アレンヴァ自身、まだ気付いては居ない。
しかし、彼の中で確実に何らかの変化が起ころうとしていた。
ただ、どの道彼が目指す道は変わらない。
地球の侵略。
それが彼の大目標であり、この星地球に居る理由だ。
「海斗、最近なんかあったか?」
「なんで?」
海斗は、朝食の目玉焼きを口に運びながら父に聞き返した。
「いや、なんかいつもより楽しそうな感じしてるから。」
「うーん、そう?」
実は心当たりがある海斗だが、事が事だけに口に出せない。
「ごちそうさま、」
と、言って皿を台所へと運ぶと、海斗はランドセル片手に早々に玄関へと向かった。
「行って来ます。」
「おう、」
いつもと変わらない、小沢家の朝の風景だった。
うす雲が覆う初夏の空を見上げ小さく深呼吸一つ、海斗は歩を進めて家の前の坂を下っていく。
玄関を出た海斗の表情は、晴れてはいなかった。
海斗の父は、いつも通り書斎へと向かう。
こちらもため息一つ、筆(しょうばいどうぐ)を手に取るのだった。
砂の塊が弾け飛ぶ。
弾け飛んだ塊一つ一つの影は地面に落ち、進行方向に向かって急速に進んでいく。
と、数センチ離れたところでも同じように砂の塊が砕けていく。
音の無い爆竹という形容がまさにそれだった。
破片が全て地面に落ちるころ、その中心で深く深呼吸したのはアレンヴァだった。
手には、以前きなこと闘ったときの物と同型の銃が握られていた。
ただ、ひと目に解る違いが一つあった。
その銃の側面には以前まで無かった赤いラインが見て取れる。
アレンヴァが要請したプランランクの引き上げの証である。
一帯は、乱雑に作られた建築物の試作品が並ぶ、砂場(南部砂漠地帯)の一角だった。
少しはなれたところでは微細機械が今も、働き蟻の如く建築物の建造を継続している。
アレンヴァは、防護服越しにハッと一息、再び地を蹴り飛翔した。
太陽の光が彼の背中を押す。
アレンヴァは跳躍の頂点付近で、銃を構えなおす。
視線の先に捉えた目標は、ターゲット用に用意した他と変わらない大雑把な砂の塊。
口元で、アレンヴァはぼそりと呟く。
「プランランクAの開放――」
その手に持った銃が、マズルフラッシュを吐き出した。
光の球が、文字通りの”光”速で目標に着弾した。
地球の重力により下降を始めていたアレンヴァの身体に、違和感が走る。
「!?」
浮遊感。
それが違和感の正体だった。
アレンヴァは、眼下で繰り広げられる光景に、眼を細めた。
アレンヴァの身体を押し上げる風の先で、砂嵐が吹き荒れていた。
つむじ風が起きた時程のそれは、アレンヴァの身体を浮かせるには十分だった。
凄まじいまでの砂嵐が吹き荒れていた。
それら砂の粒一つ一つが弾丸の如く四方八方へと飛散する。
砂粒はそれぞれ地面へと着弾し、地面に無数の穴を空けていく。
無論アレンヴァの防護スーツにもそのうちのいくつかが命中するが、それらはことごとく弾かれ、防護服そのものには傷一つついていない。
風が収まり、アレンヴァの身体が地面へと降りてくる。
アレンヴァは空中で目を細め、何やら念じた。
直後、防護服の表面に備えられたミクロ単位の穴から無数の空気が噴射される。
それらは絶妙な力加減でアレンヴァの身体をゆっくりと地表へと誘う。
ふわりと着地したアレンヴァは、思わず口元をゆがめて、前方の砂でできた標的を見据えた。
「これが…」
銃を構え、目標を目視する。
「プランランクAの力だッ!」
アレンヴァは、銃の引き金を根元まで力いっぱいに引く。
銃身からの衝撃、続いて着弾による爆風で当然の様に彼の身体は飛ばされていき、何度も地面に打ち付けられた。
視界が回復するまで数秒を要した。
「くっくく…」
アレンヴァは、不気味に声を上げて笑うのだ。
抑えきれず、漏れる笑いが高笑いへと変わった彼の前方には、直径一メートルほどはあろうかという巨大なクレーターが地面に刻まれていた。
7月20日、火曜日の日直は小沢 海斗だった。
日直の主な仕事といえば、授業終了後の黒板消しや当番日誌を書いたりなどといったものだ。
当番日誌には絵を描く欄が備えられてあり、絵が苦手な生徒が日直の日の日誌の絵日記欄には多少アーティスティックな絵が並ぶ。
海斗の場合、幸いにして図画工作(略して図工)が自身の得意分野なのもあって随分人目を引く絵が載る。
この日も彼は給食を食べ終えてから、号令までの余りの時間を利用して日誌に絵を描いていた。
独りで黙々と。
周りの生徒達は、給食を食べ終えた者もそうでない者も、何がしか人と会話している風だったが、海斗に関しては、その気配がまるで無かった。
海斗は、特別寂しそうにするわけでもなし、黙々と、ただ黙々と絵を描く。
昼休み。
四時間目に授業で黒板を使用した場合、それを消す作業は昼休みに持ち越される。
舞ったチョークの粉が給食に入らないようにするためだ。
海斗は、毎度と同じように黒板を消す。
別に何かこれと言って理由があるわけでもないのに、やたらと丁寧に消す。
大雑把に消した後、右から左へ、左から右へと少しずつ黒板消しを当てる高さを下げながら消していく。
下まで来たら、今度は縦に消していく。
それが終わったら改めてざっくばらんに消していく。
最後に、そのざっくばらんに消した跡が見えなくなるまで再び横に歩いて上から下まで消していく。
作業が終わると、黒板は昆布の様な濃い緑を取り戻し、随分綺麗になっているのだ。
作業が一段落すると、海斗は自由帳を持ち出して、校舎裏へと向かった。
人気(ひとけ)が無い裏庭は、学校の外を囲むフェンスごしに隣の中学校がよく見える。
中学校は海斗の通う学校よりも少し低い位置にあり、校庭で制服姿の中学生達がサッカーをして遊んでいるのが見える。
海斗は自由帳を開くと、目の前の木を描き始めた。
独りで、黙々と。
彼にとって、それは至福のひと時だった。
否、そうではないのだ。
普段、教室に居る時間よりは、随分マシな時間。
そう形容するべきだろう。
絵を描いていると、眠い授業も、嫌な事も忘れられる。
一人だから、周りに気を散らされる事も無いし、周りの邪魔になることも無い。
―――初夏の風が、心地よかった。
『随分進んでいるな』
アレンヴァは、不意の声にスピーカー塔に目をやった。
アレンヴァが立つ位置が、まさにその台詞の意味を表していた。
彼の立つ中央広場には、高さ一メートルはある、城を思わせる建物が作られていた。
立方体や直方体で幾何学的な形を成すそれのいたるところには、砲台も完備されている。
象徴的なのはその頂上。
最上部に備えられた灰皿ほどの大きさの器から炎が立ち上り、周辺の砂は黒く焦げてきている。
『なんだあれは?』
きなこがのっしのっしと砂場に立ち入る。
アレンヴァは、目線をはるか上の炎に移し、口を開いた。
『この星に降下するとき、同じものが見えた。解析によると人間がニューヨークと呼んでいる場所らしいが…恐らくは、あの像が彼らの重要軍事拠点の一つなのだろう。』
『それで?』
きなこは不思議そうに尋ねる。
『私は変わったのだ。先日の様な失態を繰り返さない為に、な。その証を塔の最上階に備えた。』
『人間、そんな簡単に強くなれるわけではないと思うが…』
『俺もお前も人間ではない。』
『………。』
アレンヴァは、そういえば、と藪から棒にきなこに尋ねた。
『ところできなこ、海斗を見なかったか?』
『む?毎日見ているが。』
『何!?あ、いや。そういえばお前、ここで海斗と合う前に既に知り合いであった風だったが。ここ以外何処でコンタクトを取っているのだ?』
『無論海斗の家だ。』
『海斗の住処を知っているのか!?』
『ああ。夜と朝は飯をいただきによく出向く。』
『そうか…』
『言っておくが、お前は連れて行けないぞ。』
『構わんが、何故だ?』
『大人の人間がお前を見たら、お前の存在が世に知れ渡る事になる。』
『確かに、それはまずいな…まだ私の行動を表ざたにするわけにはいかない。』
『…”まだ”、か…。』
7月21日水曜日。アレンヴァ来襲より七日目。
「おはよう。」
「おう、海斗おはよう。今日はえらく早いな。」
海斗の父はリビングのアナログ時計を見上げて言った。
確かに、まだ朝の六時を回ったところだ。
いつもは起きて、食べて、家を出ると言った三ステップを極めてスピーディーにこなす海斗だ。
部屋から起きてくるのはもう随分後のことのはずだった。
「ちょっと、うん。ちょっと。」
「どこかに寄るのか?」
「うん、ちょっと…」
海斗の父はあえて詳細を聞かず、口を開く。
「道草食うのはいいが、時間つぶし過ぎて遅れるなよ?」
随分深く子供を信じた父が居たものだ。
草むらの向こうから、声がする。
「アレンヴァーっ、元気してるーっ?」
海斗は髪の上に葉っぱを乗せた顔を草むらから突き出して辺りを見回した。
「って――」
彼の目の前に広がる光景に、海斗は思わずその目を見開いた。
海斗の背の高さ程もあるメインタワーを中心に、そこには要塞が出来ていた。
砂で出来た要塞である。
メインタワーを中心にまるで山の様に砂場の端に行くほど建物が低く作られている。
外側から攻められたときに内側の建物からも攻撃が出来る点でその方が合理的なのだ。
もちろん、アレンヴァ以外に戦闘要員は居ない。
すべて、要塞の一角に整備された工場で作られた精密機械によるオート射撃が頼りだ。
対敵艦隊についての対策も忘れては居ない。
至る所に備えられた砲台は、全方位を射程としているのがひと目で解る。
それほどの数だった。
「アレンヴァ…これ…って…」
アレンヴァは、海斗の身長よりも僅かに高いメインタワーに、佇んでいた。
朝のそよ風が、何時作ったのか―彼のマントを揺らしている。
アレンヴァは、海斗と出会って以来、初めて彼よりも高い目線で言葉を発する。
「これが、私の新たな要塞……。」
「”新たな”?」
海斗は怪訝な顔をして尋ねる。
「何か、あったの?」
「そうか、海斗は何も知らないんだったな。」
アレンヴァは、その場にあぐらをかいて座り込むと、腕組み海斗に説明を始める。
「一昨日、違う星の者の襲撃を受けた。」
「なんだって!?」
「まぁ落ち着け、きなこの助けもあり、何とか一度は退けた。」
アレンヴァは建物を壊さないように駆け寄る海斗を手で制す。
「それで、こんな重装備を?」
「ああ、そういう事だ。だが…」
「”だが”?」
「いずれ彼らは戻ってくる。恐らく、前回の襲撃よりも戦力を強化してな。」
「そんな、それじゃあ!」
「大丈夫だ。その為の”これ”だからな。」
「ぼ、僕も――」
「海斗。」
アレンヴァは、海斗に気付かれないほど小さくため息をついて、言う。
「…?」
「当分、ここへは来るな。」
「…え?」
「リトルグレイ…相手は、私同様、この星を侵略するつもりだ。」
「それって…どういう意味?」
「ここに来ては危険だ、と言っているのだ。」
「そんな!ぼ――」
アレンヴァは、海斗の言葉を遮って続ける。
「お前を、戦いに巻き込むわけにはいかない。これは私と彼らの戦いだ。」
「僕らとそいつらの戦いだよ!!」
「…とにかく、ここへは来るな。」
「アレン!!」
―――確かに、最初に関わりを薄くしてしまったのは自分だ。
それが、アレンがあんな事を言う原因になってしまった。
海斗は授業の声など何処吹く風、校庭をぼんやりと眺めるともなしに見ながら、そう思った。
アレンヴァは、侵略者である。
しかし、海斗にとっては侵略者という単語は”しんりゃくしゃ”であり、アレンヴァはそれ以上に”友達”のような存在になりつつあった。
なにより、海斗にとってアレンヴァが訪れた砂場はささやかな心のゆとりだった。
彼が、この星にやってくるよりも前からだ。
友達の居ない海斗にとって、彼の好きな創作活動に夢中になってのめりこめる場所。
それがあの砂場だったのだ。
そう考えると、アレンヴァに対しての敵意さえ―――
海斗は、考えかけてやめた。
一瞬程後、自分が怖くなった。
海斗はため息ひとつ、手元のノートを開いた。
そしてもうひとつ、大きなため息をつく。
「第二波まで、少々時間がかかってしまったが…」
UFOの上面に、一つの影があった。
イディだ。
「レイには”時間を稼ぐ”と言ってあるのでな…何もせずただ彼の解析を待っていたのでは、その成果を有効に活用できないだろう?」
その場には、特に彼以外に誰も居ない。
一人呟くイディは、高笑いした。
まるで、どこかの侵略者の如く。
UFOを思わせる形をした雲を抜け、イディの船は尚も空を走る。
目標の要塞が、見えてきた。
どこかの侵略者。
サルーベスタ=サンマリノ=アレングァ=サレンドサランドは、同じように高笑っていた。
プランランクの引き上げにより、彼の能力は格段に上がっている。
「負ける気がしないなぁ。」
スーツ越しににやりと笑うアレンヴァは、重要な事を知らなかった。
いや、見落としていた。
イディの手に握られた銃の側面に、二本の赤いラインが流れるように発光した。
アレンヴァはまだ気が付かない。
気でも触れたようににやにやと笑い続けている。
はるか遠方より迫り来る艦隊に、アレンヴァは銃口を向けた。
―――先に気付いたのは、やはりイディだった。
「…む?」
「どうされました?」
手元の通信機から、仲間の声が聞こえる。
次の瞬間、イディは状況を理解し、通信機に向かい怒鳴り散らした。
「離脱しろ、離脱だ!!」
「――は?」
通信機ごしに、仲間が言った直後だった。
イディの周囲の船が火を噴いた。
「離脱しろぉおおおお!!」
猛るイディの声も空しく、彼の立つ船を残して次々と周囲に爆炎が巻き起こる。
火元は見極めるまでも無い、アレンヴァの手に握られた銃の銃口である。
そこから伸びる八本の光の筋。
奇妙に赤く光るそれが次々と周りの船を貫き、撃ち落としているのだ。
イディははたと気付き叫ぶのを止めると、自分の持つ銃をはるか前方のアレンヴァに向けた。
マズルフラッシュが閃いた。
アレンヴァはそれを目視すると、銃を小さく横に振る。
すると、銃口から放たれていた光の筋が途切れて銃がチャージ完了を報せた。
銃に備えられたメーターが緑のランプを光らせる。
「オクトレーザーは、効率的な敵の撃墜だけが目的ではない…」
それまで気味悪く笑い続けていたのは何だったのか、アレンヴァは不意に真顔になって呟き、トリガを引いた。
赤く輝くオクトレーザーは、アレンヴァの前方で複雑に絡み合い、穴の無いクリスマスリースを思わせる形を成した。
そしてそのまさに刹那、イディの放った攻撃をそれが受け止める。
このリースが無ければイディの攻撃は間違いなくアレンヴァに到達していただろう。
これがアレンヴァの狙いだった。
ピザ程の大きさのリースは、生地の様にたわみアレンヴァの方へと徐々に近づく。
それは丁度ゴムと枝で作られたパチンコを連想させるが、それを隔てて対峙する二人の星にそんな物は存在しない。
イディが、純粋に一連の運動から危機を悟ったのはぎりぎりのタイミングだった。
アレンヴァのリース中央から、エネルギー球が飛び立った。
反動で勢い良く飛んでいくそれは、地球独自の重力と空気摩擦によってイディの立つ船に向かって飛んでいく。
イディは高速で移動し船諸共中空でそれをかわす。
彼のはるか後方の砂の上から爆炎が巻き起こった。
振り返ることもせず、イディはアレンヴァを睨みつける。
高速で飛行するUFOは、アレンヴァの元へと進んでいた。
「サルーベスタァアア!!!」
銃を構えながら、イディが猛った。
アレンヴァは再び銃を構える。
ためらわず、引き金を引いた。
オクトレーザーが高速で飛行を続けるイディを追尾する。
それらは複雑に絡み合い、一つ、また一つと接触、爆裂していく。
アレンヴァは構わず引き金を引き続ける。
その度に新たなオクトレーザーが一波一波と発射されていく。
イディはそれら全てを巧みにかわし続け、いよいよアレンヴァの眼前へと迫った。
「ハッ!」
振り払うように高笑いを切ると、イディは目の前のアレンヴァに銃口を向けた。
メインタワー上部に、爆炎が巻いた。
二人の居た場所を中心に砂を纏った衝撃波が広がる。
アレンヴァは、タワー上部から落下している。
それまでの間、声一つ上げる様子は無い。
崩れたタワーの上部から、イディが怪訝な顔をして眼下を覗き込む。
砂の雨が降り注ぐ中、アレンヴァは神すら気付かないほどの微かな笑みを浮かべた。
――――ゥウウ。
イディの耳に焼きついた音が、急激に音量を増して押し寄せた。
「全てかわせたとでも思ったか?」
アレンヴァが呟くが早いか、イディの周囲にアレンヴァのオクトレーザーが迫っていた。
砂埃のむこう。
確実に迫るそれに、イディは焦りの表情を隠せない。
「っ、わざと数発を外していたのかッ!?」
完全に周囲を包囲されている。
もはやイディに逃げる術は無い。
「ちぃっ」
タワーの上部が四散していく。
破片は塊に、塊は砂へと分解しながら次々とアレンヴァの元に降り注ぐ。
その中の一つを、アレンヴァは睨みつける。
「イディ。もう、後が無いなぁ?」
「なん…だと?」
イディは仰向けのまま大きな眼でアレンヴァを睨み返す。
「これほどの大軍勢を率いておいてこの大敗ッぷり。よしんばここから無事に生きて帰れたとしても、お前に居場所などあるまい?」
「貴様っ…」
「っククク、ざまぁない。」
「貴様ぁああっ!!」
イディは砂の中に埋まった右腕を振り上げ、アレンヴァに向けて銃を乱射した。
みるみるうちにアレンヴァの居た辺りが砂埃に飲み込まれていく。
イディは、銃を撃ち続けながらゆっくりと姿勢を起こす。
反動で揺らぐ右腕を気にしない無表情が、不気味にアレンヴァを捜す。
と。
「誰が…」
声は、背後からした。
一帯が、宙も地も関係なく球状に吹き飛んだ。
「黙って受けるかァッ!」
砂煙の中に、アレンヴァがただ一人立っていた。
腕を前にだらりと垂らし、うつむく彼の肩が、僅かに震えていた。
「………――」
アレンヴァは突如首を起こし、押さえていた笑いを解き放つ。
高笑いが、辺りにこだました。
「イディ……」
生体情報から母船にフィードバックされるイディの反応が消失した事に、レイは瞬間のうちに気付いた。
「十分…だ。十分だぞ。」
一面、黒い闇に覆われた部屋。
その中、スポットライトを受けたように部分的に明るくなっている場所には、机と、レイの姿があった。
机はアレンヴァの船に備え付けられた物同様、コンソールが一体化して付属している。
その机の上に、両の握りこぶしを押し付けて、レイは肩を震わせていた。
その目には―――
夜。
アレンヴァは、一人暖を取っていた。
未だに気味悪くにやついたままである。
傍らには、きなこの姿。
きなこは、腕組みうずくまるような格好の”箱座り”で君の悪いアレンヴァを横目で見ていた。
焚き火の炎が、彼らの影を長く落としていた。
「どうだ?これでもう怖いものなしだ!!」
言うのは勿論アレンヴァだ。
きなこは、何も言わずアレンヴァを見つめている。
アレンヴァは彼の刺す様な視線に気付く。
「なんだ?」
「なんだ、とは?」
「そんなに私が生き残った事が気に食わないのか?」
「誰がそんな事を言った?」
「逆だ。何故そんなに無反応なのかと訊いている。」
きなこは、言うべきか否か一瞬迷い、口を開く。
「…その力で、いずれはこの星を侵略するのか?」
アレンヴァは、自慢げになって言う。
「当然だ!それが本来のこの力の使い方だからな。とっとと他所者は片付けてしまわねば。話はそれから―――」
「その力で、海斗を殺すのか?」
「―――ッ」
「その力で、俺たちを殺し、この星を乗っ取るのか?」
「…。」
「俺は…」
「侵略者だから、”そんなの当然”なのか?」
(私は……そんな事にも気づいていなかった。)
「アレンヴァ。」
きなこは言う。
「俺は、海斗とお前が知り合いである事を知ったとき驚いたんだぞ。」
「おどろ…」
「今しがた言った疑問が、即座に頭の中に浮かんださ。」
「……これは、純粋な疑問だ。」
アレンヴァは、自分の頭ほどもあるきなこの目を見つめて言った。
「なぜ、今の今まで言わなかった…?」
「とうにお前はそんなことは考察済みだと思ったし、答を聞くのが怖かった。」
「ではなぜ今、尋ねた。」
「…海斗を、手にかけるのならば、俺はお前を容赦なく倒す。その事ははっきりさせておかなければならないと思った。」
「おまえ……」
「―――あれは二回程前の雪解けの季節の事だった…」
―――二年前1997年、2月某日。
「父さん、今日の晩御飯なにー?」
「んー…」
海斗は小走りに父を追い越して振り返って訊いた。
海斗の父は口に指を添えて考えている。
「父さん、今日の晩御飯なにー?」
全く同じ調子で海斗は再度尋ねる。
「んー…。」
「父さん、今日の晩御飯―――」
「海斗。」
海斗の父は随分買い込んだ買い物袋を持ち直して、目線は前に向けたまま言う。
「なにー?」
「肉じゃがと、お好み焼き…どっちがさ、」
「肉じゃがとお好み焼き!?」
「貴婦人が食べるのにふさわしいと思う?」
仕事の話である。
「肉じゃがーー!!」
「そっか…。」
食卓に並ぶポテトサラダを前に、海斗は口の中に湧いてくる生唾を押さえるのに必死だった。
「なー。」
不意に、何処からかそんな声がした。
違う、「なー」ではない。正確には
「ヌァヤァアアアアっ」
である。
「ん、まぁた猫のケンカか…」
海斗の父は副菜のきゅうりの漬物を運んできながら縁側の方を見やった。
海斗が同じ方向を振り向こうとした時だった。
「ヌァやァアアああッッ!!!」
一際大きな叫び声に、海斗は動きを止めた。
シー…ン。
と、外の気配が消えたのが解った。
「戦いの場を移したか。」
海斗の父は椅子につく。
その時、海斗が食卓から席を立ち、縁側に足を運んでいった。
「海斗、もう居な―――」
「っ!」
海斗は、その場にしりもちを着いた。
「海斗!?」
海斗の父は慌ててわが子の方に駆け寄った。
「どうかしたの―――ッ?!」
訊きながら海斗の目線を追い、全てを悟った。
同時に、彼自身も子と同じリアクションをした。
「ニ…」
そこには、耳の下辺りから大量の血を滲ませて足元もおぼつかないきなこ色のトラ縞猫が居た。
『…おれ…しぬ、のか?』
「父さん、救急車!!救急―――」
親と言うのは怖い生き物で、猫一匹大怪我をしているのを目の当たりにしても、わが子がそれを気遣った事への感慨の方が大きかった。
あくまで、海斗の父の場合だ。
「手当てをしたので命には関わりませんよ。二、三日したら連絡しますので、引き取りに来てください。」
「はぁ…」
飼い猫だとは一言も言っていないのだが。とは言わずに、海斗の父は獣医に対して適当に相槌をうつ。
二日後、二人が動物病院にその猫を引き取りに行く頃には、”きなこ”の名は決定していた。
「―――あの時助けてくれなかったら、おれは今頃人間に生まれ変わってお前を踏み潰していたかもしれない。」
「そうか、彼らは私の命の恩人でもあるのだな。」
「普通に答えるにゃよ。」
きなこは、手の甲に唾をつけて古傷をさすりながら今一度アレンヴァに言う。
「俺は、俺の命を助けてくれたあいつ等のためにも、絶対に死なん。強いぞ。」
「…解ったよ。」
「にゃ?」
「あいつとその家族には手を出さん。それでいいのだろう?」
「ああ。」
きなこは、体に染み付いた動きで木の上に身を運び、アレンヴァに振り返る。
「また会おう、今日はゆっくり休め。」
「ああ。」
「まったく…。」
ため息一つ、その日アレンヴァの口からそれ以上の言葉が出ることは無かった。
「きなこー。ごはんー。」
今日の夕食はポテトサラダだった。
声も無く、暗がりの中からとてとてときなこが小走りに姿を現した。
縁側からイチゴの空きパックに入ったサラダを差し出す海斗。
「なー。」
それを見上げて、唸るきなこ。
「なー。なー。」
しつこく唸るきなこ。
「解ったから、」
「なーぁあ。」
「なに?」
目の前に夕飯が置かれると、きなこはがっつきながら尚も唸る。
「なーなー。なー?なー。」
「きなこ?」
飯こそ凄い勢いで食っているが、いつもと違うニュアンスの声に海斗は首をかしげる。
「何か、あったの?」
「海斗ー。人間様も飯にしよーぜー。」
家の奥のほうから父の声がする。
「わかったー。」
やむなく海斗はその場を後にした。
<ここまでのあらすじ>
再び現れた敵に、アレンヴァは新たに手に入れた力で対抗する。
そして明かされるきなこの過去に、アレンヴァは自分の中で曖昧だったある事と向き合うのだった。
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